DAI-SONの二次創作

二次創作の短編小説を載せていきたいと思います。

Lost memory:正義 BADEND=JUDGMENT

研究員は悩ましく唸った。
ガラス越しに見える、厳重に拘束された魔剣を見て、思案していた。
「どうだ?様子は。」
フードを被った女……ドロシーは、横に立ちその魔剣を値踏みする。
「チューンナップは完璧なんです。ただ、心を折るのに手間取っておりまして……」
「そうだな……絶望が『ロスト魔剣(こいつら)』の首輪だからなぁ。さて、どうしてやろうか……」
腕を組んで覗き込むドロシーを、魔剣少女は睨み返した。
『お前らの傀儡にはならない』
そう目が告げていた。
「ふむ、なるほど。仕方がないな。」
ドロシーは魔剣少女の観察を止め、歩き始めた。
「『廃棄』……ですか?」
「ああ。『ゴミ箱(アウトオブエデン)』にな。」
「勿体ない……」
研究員がため息混じりに呟くと、ドロシーは足を止める。
「おいおい、勘違いするなよ。そいつの魔核は"傷つけずに"ゴミ箱へ棄てるんだ。」



これは、敗北の物語――――



随分と長く落下し続けた。
並行世界へ続く次元の穴に放り出された魔剣『ライブラ』はようやく両足で立つことを許された。
しかし、足元にあるのは地面ではなく、魔剣少女の山だった。
――――思わず、無音の叫びが呼吸を忘れさせる。
落下時にクッションとなった魔剣少女たちは、まだ死んではいなかった。
同時に、生きてもいなかった。
緩衝材にされても声ひとつあげないほどに呆け、生きた屍と化していた。
「お、あんた、正気なのか。」
屍の山の麓から声がする。
彼女も人間ではなく、魔剣少女のようだった。
傷んで跳ね返った黒髪はなびかず、刷りきれた学生服を身に纏い、全体的に土埃で薄汚れていて、退廃的な空気を感じる。
「ここはどこですか?」
「ここはアウトオブエデン。失敗作の墓場さ。」
ライブラは恐る恐る、屍を踏みながら山を降りる。
「そんなに気配りする必要ないぜ。こいつらボロ雑巾どもは、もうダメだ。」
口の悪い魔剣少女は屍を足蹴にして言った。
「なんてことを!それでも心はあるのですか!」
「いいだろ、別に。こいつらは息をするつもりも無ぇんだ。そんなことよりさ――――」
魔剣少女は武器を取り出した。
木製と金属製のツギハギのスレッジハンマー
「戦おうぜ」
襲いかかってくる魔剣少女。
足がもつれ、ハンマーの一撃をモロに食らう。
「ぐああぁあああっ!」
激痛。
腕に当たったそれは、腕が凹んでしまうのではないかと思うほどの強烈な痛みを伴った。
「いやぁ、久し振りだぜ。こんな素直な反応してくれる奴はよぉ!」
足元に屍が転がっているのも厭わず第二打を振り下ろす。
「何者なんですか、あなたは!正気じゃない!」
「私は"打出のようなもの"略して"うよの"」
そう名乗った魔剣少女は後退し、地面の露出したところまで退がると、ハンマーで地面をえぐり飛ばした。
「"投槌凶器・打出のようなもの"だ。」
抉られた砂利は巨大化し、ライブラに襲いかかる。
ライブラはそれを自身の持つ魔剣(ほんたい)で受け流す。
「ほー……やるねぇ。投擲型の魔剣ライブラと見ていたが、違ったかな?」
「合っていますよ。あなた同様、改造されているだけです。」
驚くのも無理はない。
ライブラは通常、その名の通り天秤の型をした、七剣の召喚器だ。
だが、ライブラを名乗る彼女が握っているのは、くすんだ光を纏った、暗闇の大剣だった。
「哀れだな。かの有名な正義の秤も、禍々しい魔剣の柄の装飾に成り下がっている。」
せせら笑い、これ以上無い侮辱をする。
「それでも私は、私らしく生きる。この魔核が壊れるまで!」
望まない未来、望まない結末……
機関でそれを見せられてもなお、揺るがない正義を持つライブラの心は、侮辱された程度で崩れるほど脆弱ではなかった。
「よく言った!それでこそ張り合いがあるってもんだ!」
改造され、出力だけは成功とされた身、突然放り出された戦いの素人だが、うよのと激しい剣戟を繰り広げた。
しかし、場数を踏んでいるうよのの方が一枚上手。
隙を付かれ、また殴打を食らう。
激痛。さらなる激痛。
「ぐおああぁああぅぁあっっっく!」
思わず叫び声を上げるが、そうすると喉もヤスリをかけられたような痛みが走る。
「言い忘れてたけどよ、うよのが大きく出来るのは物だけじゃない……"痛覚"もなんだ!」
遠慮もせずに振り回されるハンマーを大剣で受け止めると、腕や、体を支える関節が悲鳴を上げる。
痛み、痛み、痛み。
攻撃を防いでるはずが、ダメージを負い続けている。
「おいおい、どうしたァ?これで終わりか?自慢の刀身が割れちまうぜ?」
うよのは止めの一撃を入れんと、大きく振りかぶる。
その振りに合わせて、ライブラはハンマーの柄の木製の部分を切断した。
「なにッ!?」
「勝負あり、ですね。」
ハンマーの先端部分は飛んでいってしまった。
うよのは、ち、と舌打ちをして、棒切れと化したハンマーの柄を投げ捨てた。
「なめんなよ。お前みてぇな美術品とはひと味違うんだよ!」
うよのは懐からもうひとつのハンマーを取り出した。
それは先程のハンマーとは真逆で、柄が短く、先端が大きな、いかにもな"打出の小槌"の形を成していた。
しかし、灰色をした金属製のイビツなレリーフが鈍い光を放ち、神聖さを台無しにしている。
出された瞬間に振られたそれを、ライブラは剣で受けるが、"打出の小槌"に打たれたものはもちろん、"巨大化"してしまう。
ただでさえ大きく改造されたライブラの剣はさらに大きくなり、持ち上げられないほどになってしまった。
「お前はひとつ勘違いをしている。」
うよのは小鎚を懐に戻し、ゴキゴキと肩を鳴らす。
「うよのは"改造された"んじゃない。"治療された"のさ。」
「どういうことですかっ?」
うよのは、クク、と不気味に笑うと、上着の袖をまくって、"縫い目"を見せた。
「不思議に思わなかったか?"打出のようなもの"なんて魔剣、聞いたこと無いだろ。」
「それは、私の見聞が浅いだけで……」
「いいや違うね。だって私は、"バールのようなもの"の欠けた部分を"打出の小鎚"の四肢(パーツ)で補った、融合魔剣なんだから。」
怖気が走る。
これは魔剣少女の心への冒涜であり、また、その魔剣の伝承への冒涜でもある。
「ど、どうしてそんなことをッ」
「冷静に考えれば解ることさ。ここには医者もエメラルドもない。なら、どうするか?答えはシンプルさ。より"医者に近いことが出来る紛い物"の手を借りるしかないのさ。」
「なら戦いなんて止めましょう!傷つけ合う必要なんてありません!」
ライブラは剣を放り、うよのの肩を掴む。
「はン。じゃあなんだ?うよのは何をして生きればいいんだ?」
「……え?」
「知ってるか?魔剣少女(わたしたち)の心のローモデルとなった人間たちは、三大欲求と言うものを持つ。」
「食欲、性欲、睡眠欲……」
「そうだな、正解だ。大概の人間はそれを満たすために行動する。しかし、それがある程度満たされている人間は、次に何を欲しがる?」
「お金……でしょうか?」
「ち、ち、ち。惜しいな。正解は暇潰し……"娯楽"さ。」
「それと今の話と何が関係してるんです?」
「物わかりが悪いなぁ!」
うよのはライブラを突飛ばし、腹を蹴り飛ばした。
「いいか?魔剣少女は魔力さえあれば、食べる必要も、眠る必要もないし、繁殖しないから生殖行為も不要だ。」
うよのは屍の背を思い切り踏みつける。
「けど心を持つ知性体は、"退屈に殺されるのではないか"と思うほどに、娯楽を求めるんだ。現に、人間社会で最も大きいシェアを占めるのは、娯楽産業だ。」
「ならば、平和な娯楽を……」
「けど、どうだよ!回りを見渡してみろ!ボロ雑巾の山に荒れ果てた土地、仄暗い空に淀んだ空気……挙げ句、兵器である魔剣少女(わたしたち)には殺し合う機能しか無いときた!」
うよのはしゃがみ、屍の頭を鷲掴みにした。
「戦うことしか出来ない奴らが戦いを止めた姿がこのボロ雑巾どもなんだよ。お前はうよのに、このボロ雑巾みたいに呆けていれば平和だよねって言うのかよ!」
「……ええ!」
頭を持ち上げ、突きつけられたライブラは、増幅された痛みに耐えながら、怯むことなく立ち上がった。
「私は罪を裁く正義の天秤。暴虐の限りを尽くす罪深いあなたを見過ごしてしまえば、アイデンティティが揺らいでしまう。」
「ハハ。御大層なこと言っちゃいるがよ、結局のところ、おのれの我儘を押し通したいだけじゃないか。」
うよのは屍を投げ捨てた。
ファイティングポーズをとり、挑発的に腰を落とす。
「さあ、第二ラウンドだ。」
直後、よろめいて見えたのは気のせいではない。
融合した2つの魔剣、2つの本体。
うち片方を破損させられたうよのは、洒落にならないダメージを受けている。
「くそ……うるさいんだよ頭のなかで……」
うよのは頭痛に襲われたのか、頭に手を当てた。
だがしかし、それを踏まえた上でもライブラは劣勢に立たされていた。
持ち上げられなくなった武器、痛みを増幅された肉体。
些細な動きでも関節に痛みが走り、動きが制限されている。
たとえ、大したことがないジャブでも、完全にかわし切らなければ、鈍い痛みを体で受けることになってしまうだろう。
ライブラは、再び魔剣(ほんたい)に手を掛ける。
「無理だ!踏ん張りも効かないその体じゃ、持ち上げられる訳ねぇ!」
これが好機とばかりに大きく拳を振りかぶるうよのに対して、ライブラは急激に体制を下げてタックルを仕掛ける。
「ブラフかッ!?」
共倒れになったうよのの懐から小鎚を取り上げ、すかさず振り下ろす。
「バカっ!よせ!」
時は既に遅し。
うよのは、"バールのようなもの(ばよの)"部分だけ大きくなり、"打出の小鎚"部分の両手両足はそのままとなってしまったため、サイズが合わずに縫い目が千切れてしまった。
直後、ばよのとライブラの魔剣(ほんたい)は口の閉じていない風船のように縮んでいき、ライブラの体の痛みも元に戻った。
「やられた……"ばよの"の負けだよ。」
四肢がもがれたため、融合が解け、魔剣の姿も元々のバールのようなものと打出の小鎚……が壊れた姿に戻っていた。
うち打出の小鎚は音を立てて自壊し、灰になって消えてしまった。
「こんな最期しか、無かったんですか」
ライブラは、絶えず流血するばよのの側に膝を付いた。
「ああ。」
先ほどまでの威勢のよさはとっくに無くなっていた。
死を受け入れ、それを待つのみ、といった風だ。
「もし、この世界で破損したら、"瓦礫の魔女(クトニアロスト)"の所へ行け。こんな治療でも、無いよりマシさ。」
「どうしてそこまでこの世界について話してくれるんですか?敵対しているのに。」
「言ったろ?この殺しあいは娯楽……退屈しのぎなんだ。女の子らしくお話しすることだって、差異はない。」
「だったらそれでよかったじゃないですか!お話しして、楽しくしていれば、それで!」
瞳に涙をたくわえるライブラを、ばよのは鼻で笑う。
「出来やしないって、解ってるくせに。」
話をして笑い合ったところで、いつか話題はつき、沈黙が心を殺す。
屍たちがそれを物語っていた。
「ありがとよ、ライブラ。」
「え……?」
ライブラは戸惑った。
出会った時から今に至るまで、ずっと命を狙い続けてきた相手が、いきなり感謝の言葉を口にしたからだ。
「最後に戦う相手が、お前みたいな素直な奴で良かった。」
「さ、最後だなんて、そんな……」
「お前が裁いた結果だろうが。」
「そうですが……ッ!」
「もし、生まれ変わって出会えたなら、今度はお望み通り談笑してやろうじゃないか。ばよのの我儘に、付き合ってくれたんだから……」
嘲るように笑っていたばよのの顔が、ふと、力を失った。
「ばよのさんッ!?ばよのさん!」
体を揺するが、くすんだ瞳に生気が戻ることはなく、魔剣(ほんたい)とともに、静かに灰になっていった。
魔核崩壊したら消滅する。
違法に改造されたロスト魔剣の、その失敗作の末路。
「ばよのさぁぁぁああああんッ!」
ライブラは灰を握りしめた。
こんなむごい改造を続ける機関に対する激しい怒りに駆られた。
その怒りで、魔剣ライブラを天高く投擲し、来た道……次元の穴を抉じ開けた。



「うわぁぁああぁあっ!」
機関の施設に突然、ライブラの凶刃が帰ってきた。
数人居合わせた研究員は、慌ててその場を放棄する。
その中で、ドロシーは不適な笑みを浮かべた。
「上出来。」
そうひとりごちて、別の次元への裂け目を開く。
「さ、この並行世界ももう用済みだ。ご苦労様ね、みなさん。」
「え!?あ、ちょっと、ドロシー様!?」
ドロシーは次元を渡り、消えてしまった。
「我々にどうしろと言うのですか!ドロシー様!ドロシー様~!!」
ライブラは裁きの光で施設を蹂躙した。
その光は、冥(くら)く漆(くろ)く闇に堕ちた、振りかざされし正義の禍(まがつ)だった。
「裁きを受けよ!外道ども!」
闇の光であっという間に施設は崩壊し、瓦礫の山になった。
後に訪れた人によれば、施設の研究員は一人残らず、黒く灼けた刺で串刺しにされていたと言う。



ライブラは再びアウトオブエデンへ戻ってきた。
もう一人、裁かなくてはならぬ者が居るからだ。
――――"瓦礫の魔女(クトニアロスト)"
そう呼ばれた魔剣だ。
治療と称し、魔剣たちを不遜に縫合する。
その真意を問いたださなくてはならない。
あてもなく歩き回っていると、屍の中を蠢く姿を見つけた。
「誰ですかッ!」
その人影は、おずおずとライブラの前に姿を現した。
先の戦いのせいでついつい身構えてしまったが、目の前の魔剣少女は、みるからに弱々しく、敵ではないと直ぐに解った。
「あ、あの、クトニアロストをお探しですか?」
「ええ。そうですが……あなたは?」
臨戦態勢を解いて問いかけると、少女は申し訳なさそうに
「それが、私にもよく解らないのです。」
と、答えた。
「解らない……」
継ぎはぎの体、ボロボロの服。
「もしかして、改造されたときに記憶をおかしくされたんですか?」
「そうではなくて……"治療"を続けるうちに、どれが自分なのか、よく解らなくなってきて……」
"治療"。
その単語が出たと言うことは、やったのはクトニアロストに間違いない。
「あなたも融合魔剣なのですね。」
「はい。頭の中が騒がしくて、誰が誰やら解りませんけど。」
(頭の中が騒がしい……か。"打出のようなもの"もたしか、そんなようなことを口走ったような……)
「そういうあなたは、まだ治療を受けたことがないみたいですね。」
「……そうですね。まだ来たばかりですから。」
「では、クトニアロストと一度顔を合わせておいた方がいいでしょう。ここでは"治療"のあてもない。」
「た、助かります。」
こちらの体を気遣ってクトニアロストを紹介してくれると言うものだから、これから裁きに行くのを少し申し訳なく思った。
案内される道中、少女は何度も頭痛に苛まれ、その度に小休止を挟んだ。
言うに、これは"治療"の代償だと言う。
融合した魔剣は、どちらも人格を保有している。
その人格たちが、体の主導権を奪い合うのだから、頭に負荷がかかるのは当然のことだった。
クトニアロストがそれを理解していないはずがない。
目指す足に、より強い力がかかった。



「あら、いらっしゃい。新しいお客さん?」
他の場所よりも高く屍が積み上げられたところを掻き分けて、ようやく辿り着いた。
その治療場は血にまみれていて、使わなかった肢体(パーツ)が無造作に転がっていた。
「なぜ、このようなことをするのです。」
驚く案内人をよそに、単刀直入に問い詰めた。
「なぜ……?怪我人を治療することの、何がおかしいの?」
「とぼけないで!医療がないことをいいことに、好き勝手して!この子なんか、自分が誰だか解らなくなっているんですよ!」
クトニアロストは、大きなため息を付いた。
「目的を言えば、納得してくれるのね?」
めんどくさそうに奥の方へと進んで行き、途中で振り替えって手招きした。
おどおどする案内人を置き去りにして、付いていくライブラ。
奥に進むにつれ、凍てつく空気が周囲を這って行くのを感じる。
開けた場所に到着すると、そこには大きな黒い箱が、冷気を放って鎮座していた。
クトニアロストが近づくと、その箱がゆっくりと開く。
風情を気にせず言うのなら、それは巨大な冷凍庫だった。
その中身を見て、ライブラは絶句した。
「私はね、彼(マスター)の治療法を探しているの。」
箱の中身は魔剣使いの少年の遺体だった。
「そ、そんな……」
「ね、解ったでしょ?私はいたずらや酔狂で魔剣の治療をしている訳じゃないの。」
そういうことを言っているのではない。
魔剣使いの遺体は、誰が見ても"手遅れ"だった。
冷凍焼けして変色し、崩れかかっている。
解凍すれば腐臭で満ちるに違いない。
「ね、マスター。いつか、ちゃんと治してあげるから、待っててね。」
クトニアロストは愛おしそうに箱を撫でた。
いたたまれない。
見るに耐えない。
心が締め付けられる想いだった。
「それでも私は、あなたを裁かなくてはなりません。」
「……!?」
箱を閉じて治療場に戻ろうとしていたクトニアロストは、そんな返事が来るだなんて思っても見なかったようだ。
「なぜ?どうして?マスターを救おうとしていることが、いけないことなの?」
「例え動機が正しくても、手段を誤った者には、裁きを下さねばなりません。」
ライブラは剣を構えた。
その名に似つかわしくない、冥(くら)き刃を。
「私はこの荒れ果てた土地でただ一人、怪我をした魔剣の手当てをしているのよ!それを殺そうとするあなたの方が、よっぽど裁かれるべきよ!」
「正当化しないで!現実を見なさい!生き地獄を産み出さないで!マスターはもう帰ってこないんですよ!」
「言わせておけば……!」
いきり立つクトニアロストの周りに、光の杭が現れる。
杭はライブラを磔にせんと、次々と飛んでくる。
ライブラはそれを軽くいなした。
治療器具など他愛ない、と言うように。
「"規則制定(エナクトメント・ルール)"!」
クトニアロストがそう叫ぶと、周囲に刺さった杭と杭を結ぶように鎖が発生し、ライブラを拘束する。
「"患者は施術が終わるまで大人しくしなくてはならない"!」
「"ルールメイカー"の力!まさか、自分の体にも……?」
「違うわ。この"運命制定・ミストルールメイン"を使ったの。」
クトニアロストが右手に持つのは、宝石によってごてごてと装飾された二又槍。
緑と白の美しい槍がシルバーに侵食されている。
「この世界には麻酔が無いんだから、こういう準備も必要なの。」
「命を弄ぶために作られた、可哀想な魔剣だ!」
「フ!言ってなさい。」
鼻息荒く左手を横に伸ばすと、カンテラの付いた、狡猾で貪食な槍が召喚される。
「そうだわ!この"古代吸魂・ソウルコレクター・ムゥ"を使って、あなたの肉体にマスターの魂を保管しましょう。最初からこうすれば良かったのね。」
身動きのとれないライブラに対し、魂喰らいの槍を向ける。
「あなたの魂は要らないわ。空っぽになりなさい!」
叫んだ瞬間、ライブラの背後から、鉄の凶器と木製の槌が飛来し、両腕の鎖を解き放つ。
「なっ……!?」
ライブラは乾いた笑いを溢す。
「何を驚いてる?私はライブラだ。」
自由になった手で剣を振るい、すべての鎖を断った。
「私の機能の本懐は召喚器だぞ。」
「解ってるわ!でも……」
「私は罪を裁かねばならない。」
鉄の凶器はひとりでに飛んで行き、右手の槍を破壊する。
「そして、そのために罪を背負わなくてはならない。」
木製の槌はひとりでに飛んで行き、左手の槍を破壊する。
「兵器としていじくられ、罪を重ねて生きていくしない"失敗作(ロスト)"たちを破壊し……」
そして、冥い刃はクトニアロストを両断する。
「悲しき運命から解き放つ!」
「ぐきゃぁぁあああぁぁっ!」
「それが、弔いの剣、"ライブラロスト"の正義だ!」
ライブラは、正しくあれと剣を振るってきた。
裁きを下し、正義を執行することが、彼女を彼女たらしめるからだ。
しかし、その正義とはどういうものか、どう成されるべきか。
棄てられた彼女は独りで考え、振りかざすしかなかった。
罪を犯す者たちの悲しき動機。
罪を裁くために汚れて行く名誉。
それでも、このアウトオブエデンで失敗作たちの悲劇を終わらせることが出来るのは、きっと彼女だけだ。
心も体も歪にされた魔剣たちを、あるべき姿で眠らせる弔いの剣。
血に塗れ、闇に堕ちた今、彼女は皮肉にも"ロスト魔剣を破壊するロスト魔剣"として完成したのだ。



「期は熟した」
ドロシーはアウトオブエデンを見下ろして笑う。
「やっと終わり?タクシー代わりにこき使われるの疲れたわぁ」
宙に波紋を作りながら裸足の爪先で飛び回るカルバノグは、おおきく伸びをした。
「まあ、いいじゃないか。今回は改心の出来だろう。」
「よく解りましぇ~ん」
ドロシーは聞こえるように舌打ちをして、ライブラロストではない、蠢く数多の影を指差す。
「さあ、あいつらを解き放って仕上げだ。」
「ここにいる娘たちをみーんな正史魔界に解き放てばいいんだよね?」
「ああそうさ。そうすれば直ぐにでも魔剣使いはライブラロストと出くわすだろう。」
「えらそーに指示出すけどさ、これってつまり、自分が犯した失態の後始末なのでは?」
カルバノグは憎たらしいニヤケ顔で煽る。
色々と反論したり、怒鳴り散らしたい気持ちをこらえて、ドロシーは顔を背けた。
「奴がロスト魔剣を数多く匿っているのは事実だ。あれらは未熟な人格を持つがゆえに兵器として役に立たなかったが、能力はどれも災厄に匹敵すると思っている。」
「だから破壊して、パワーバランスをリセットしましょ、そーしましょ。……って感じ?」
「ああ。今度は失敗しない。何せ、ライブラロストは自分の意思で動いていると思い込んでいるからな。」
「ふーん。成功するといいね。」
微塵も思っちゃいないくせに……」
「いいや?カルバだってお仕事なんだから、失敗したくはないんだよっ!」
次元の穴が開かれ、暗闇で蠢く影たちは、その穴から差し込む光に、羽虫のように吸い寄せられていった。



世界図書館の主、司書王ロルリアンレット(以下、ロールとする)はほんの僅かな世界の乱れを感じ取った。
彼女に使えるメイド、ププッピ・マリーはロールのその些細な反応に感付き、お茶を淹れる手を止める。
「あいつを呼んで」
「はい、お嬢様。」
会話はそれだけで終わった。
それほどの緊急事態だったのだ。

程なくして、魔剣使いの少年……マスターが駆け付けた。
その様子を見て、ロールはつい、大笑いをしてしまった。
髪が爆発アフロヘアの黒焦げになってやってきたのだ。
「あっはっは!魔剣使い!ようやく私への態度の取り方を理解したようね!うっふっふ!」
「か、からかわないでくださいよッ!火急の用と言われたから、手近な移動手段で来たって言うのに!」
「だからって、加速スキルを重ねたエリキテリに乗って、感電しながら来るなんて!おっほっほ!」
「笑うために呼んだなら帰りますよ。」
ロールはついつい普段の癖で、いじり甲斐のある魔剣使いにこんな扱いをしてしまったが、今はこんなことをしている場合ではない。
大きく深呼吸して自分を落ち着かせ、マリーを呼ぶ。
「マリー!この紳士的なファッションを、世界図書館に相応しい格好に仕立ててあげて頂戴。」
「かしこまりました。」
マリーは一礼して、マスターの爆発アフロヘアを櫛で整える。
「ごめんなさいね。上に立つものには余裕とユーモアが求められるものだから。」
「こちらこそユーモラスで失礼しました。」
本気で笑いすぎてしまったため、マスターもまた本気で帰ろうとしていたようだ。
マスターの前ではどうもいつもの威厳がないなと、マリーは肝を冷やした。
「さ、冗談はこの辺にして、本題に入るわよ。あなたは今、この世界に生じた歪な気配を感じていて?」
「歪な気配……ですか。」
「そう。位置情報の重なった、ふたつの暴走魔剣。それが同時多発敵にいくつも……。」
「暴走魔剣!?被害はッ!」
思わず前のめりなるマスターだが、マリーにブロックされて椅子に座らされてしまう。
「落ち着きなさい。話しはこれだけではないわ。」
マスターはテーブルに置きっぱなしになっていた、冷めきった紅茶を啜った。
「これによって出た被害についてはあとで話すけど、問題は、その暴走魔剣が何者かによって次々と破壊されていることなの。」
「な……に……?」
暴走魔剣が破壊された、と簡単に言うが、実際にはそんなに容易く出来るものてはない。
暴走している魔剣は指定されているランクよりも上の力で無差別に暴れまわり、周囲に甚大な被害を及ぼす。
Sランクの魔剣が暴走すれば、EDENの勇者が持つBランク以下の模造聖剣など棒切れ同然だ。
そんな魔力の災害ともとれる現象を、次々と沈める存在は、ただ者ではない。
「私の持つ情報網で現場を調査してみても、幾多の魔剣の魔力残滓がぐちゃぐちゃになってて、何が起きたのかさっぱり解らない始末……。」
「それで、フィールドワークが得意な俺が呼ばれたんですね。」
「ええ、そうよ。現場には暴走魔剣が居るから、案内無しでも解ると思うわ。至急、調査なさい。」
「よし……いくぞ!リディ!」
「ふぁっ!?」
マスターに付き添う少女、リディはたった今ここに到着したばかりだったが、訳も解らぬままマスターに手を引かれ、退出することとなった。
「ねえねえ、お土産は?」
「遊びにきたわけじゃないんだよ。」



街は混乱に包まれていた。
叫び、逃げ惑う市民が恐れるのは、突然現れて、突然暴走した正体不明の魔剣。
「ああ……。あああーーーーー!!」
その魔剣少女は見るからに化け物だった。
白い火花を散らしながら泣き叫ぶ彼女は、右手が三本、左手も三本、そして、胸にももう一本腕が生え、その指先は銃口となっている。
稲妻が走り、雷が木を割るような音を立てる。
銃口から放たれた雷撃は、その軌道ごと凍結し、氷の爆発が周囲を無差別に破壊する。
「お兄ちゃん助けてぇ~!うわぁ~っ!」
そう叫びながら街を破壊して回る。
「ライブラ!着弾予測!」
「おまかせっ!」
氷の稲妻が着弾する前に、軌道上に光の剣を投擲し、街への被害を防いだ。
「旦那様、旦那様。」
禁式・極刀大包平=ロストはマスターの裾を引く。
「なんだ?ごくひらロスト。」
「あの魔剣、私と同じ雰囲気があります。」
「そうか?大包平の気配もないし、無差別に暴れているだけだし、共通点は見当たらないぞ。魔力の波形は高電圧可変弩に近い。」
「違う!違うよ、マイマスター。ロスト魔剣の雰囲気を感じるって言ってるみたいだよっ」
レヴァンテインは周囲の氷を溶かし、住民の避難経路を確保した。
「ロスト魔剣?あれがか?確かに、魔剣に対する扱いの醜悪さはその類いだが、使い方に知性が感じられない……」
「お兄ちゃん……痛いよ、寒いよ!」
急に雷撃が打ち止めになったかと思うと、指を噛み始めた。
どうやら、銃口が凍りついて詰まってしまっているようだった。
「可哀想に……明らかな欠陥品だ。あれを刺客として放り込むなんて、挑発のつもりか……?」
ここでロールの言葉を思い出す。
位置情報の重なった、ふたつの暴走魔剣。
もうひとつは……
スノーホワイト……か?」
「え?」
ごくひらロストは目を凝らした。
銃口の形、七本の手……
「旦那様!もしや、あれは小人の手ですか?」
「その通りだ。白雪姫に仕える七人の小人……それが歪に再現されている。」
「でもでも、あの子は高電圧可変弩ちゃんなんですよね?」
「ああ、そうだ。過程を度外視して目の前の現実を受け入れるなら、あれは高電圧可変弩でもあり、スノーホワイトでもある。」
「一緒になっちゃったんですか?」
「どうやって、どんな理由でああなったかは解らないけどな……」
レヴァンテインは暴走魔剣の周囲を炎の壁で被った。
「これで街への被害はなくなるはずよ!」
「でかしたぞ!レヴァンテイン!」
「あとは、彼女をどうするか、ですが……」
ライブラは、いつでも攻撃可能と言わんばかりに、光の剣を暴走魔剣に向けて待機する。
「マスター。この正義の天秤ライブラの所持者として、どう正義を執行するか選んでください!」
暴走魔剣は炎の壁を利用して、銃口の氷を溶かした。
レヴァンテインに頼れば、直ぐに攻撃を再開されても平気なのだが、それに頼ってまごまごしていて良いわけではない。
破壊覚悟でもう少し弱らせれば大丈夫か、と甘い考えが頭を過った途端、暴走魔剣少女は背後から飛来した槍に胸を貫かれた。
「そ、そんなっ!」
マスターは驚愕した。
目の前に起こった惨劇もさることながら、その向こうから迫る魔力の波形は、まさしくライブラのものだったからだ。
「やはり、私たちをおびき寄せる罠だったのかも知れません……」
お粗末で冒涜敵な融合魔剣と、それを始末する独善の魔剣。
あまりにも不愉快な茶番劇。
「お前もオリジナルを破壊しに来たのか、ライブラロスト!」
ライブラロストが放つ魔力の圧力によって火の壁が吹き飛ぶ。
黒く染まった頭髪をなびかせ、返り血もろくに落としていない、悲壮を湛えたその姿を顕にした。
割れた手錠、解き放たれた両手には、体躯に合わない大きさの黒い大剣が握られている。
「出来るなら、戦いたくない!」
これまでロスト魔剣に触れてきて、彼女らの中にはちゃんと心と事情があると知っていた。
だから、最初は話をしなくてはと思い、慎重に切り出す。
「ちょっと待ってくれよ。用が済んだら相手してやるからよ。」
ライブラに似つかわしくない、とても粗暴な口調で、マスターの善意は一蹴された。
ライブラロストはマスターよりも先に、殺した融合魔剣を気にかけた。
死にかけの魔剣少女に跪き、何かを話している。
やや遠くからのため声は聞こえないが、その顔はどこか、ライブラ本来の優しさが垣間見得た気がした。
ライブラロストとの会話を終え、融合魔剣少女はくたりと脱力したと思うと、灰になって消えて行く。
「う、嘘だろ……」
致命傷を受けたとき、魔核崩壊こそする事はあれど、修理は可能なレベルに留まる。
しかし、あれはそういった手合いではなさそうだ。
ライブラロストは胸の前で剣を縦に持ち、天に祈りを捧げる。
あろうことか、自ら手に掛けた少女を弔っているのだ。
「……さて、用は済んだ。次はそいつを破壊しよう。」
「ライブラは壊させないぞ。もし壊すって言うのなら……」
息巻くマスターの台詞が終わるのを待たずに、ライブラロストは大笑いする。
「アッハッハ、違うよ。破壊した機関の言うことなんか聞いてどうするんだ。私の狙いは、そっちだ!」
ライブラロストはごくひらロストを指差した。
「わ、わたしぃ?」
「どういうことだッ」
「ロスト魔剣は私が全て破壊する。それだけよ。」
「な、なんだって!?」
ロスト魔剣を壊すロスト魔剣。
矛盾しているその存在。
だが、よく考えてみれば、ロスト魔剣とその破壊対象を、両方抱えている事の方がよっぽどイレギュラーだ。
傾いたパワーバランスをリセットする為に送り込まれた刺客。
正義を執行し均衡を保つ天秤であるライブラが選ばれたのは、遠からず必然なのだろう。
「組織を破壊し、組織が産み出した負の遺産、可哀想なロスト魔剣たちも全て破壊し弔う。これ以上、悲劇の兵器として生き地獄を味わわせない為にもなぁ!」
「なるほど、ロスト魔剣という概念そのものに終止符を打とうって訳か!」
「そうさ!解ったなら差し出しな!ロスト魔剣以外に興味はない。」
「それで、はいそうですかって差し出すと思ったのか!」
「そうしてくれれば良かったのになぁ!」
ライブラロストは魔剣を召喚し始めた。
先ほどの槍に加え、数多くの幽体を浮かべた。
「それは、破壊された方々の霊ですね!」
「そうさ。」
「ただでさえ独善で手を掛けているのに、その魂さえ利用するとは……」
「は?何言ってるんだあんた。」
幽体の魔剣たちは四方八方へ飛び、各々が意思を持つように攻撃体制に入る。
「こいつらに協力する気がないなら、呼び掛けに応じないことだって出来るんだよ。みんな、自分の意思でここに来てくれたのさ!」
自由で多彩な攻撃を開始する幽体魔剣たちに対し、ライブラは召喚した7本の剣を周遊させていなし、またレヴァンテインは熱波を放って力を押し返した。
「今、解放してやるぞ!禁式・大包平ロスト!」
ライブラとレヴァンテインのリソースを奪われたため、実質、ごくひらロストとライブラロストの一騎討ちになってしまった。
互いに構えに入ると、ライブラロストの魔剣(ほんたい)に目を奪われる。
剣となってしまった召喚器。
装飾と化してしまった天秤。
痛々しく刃こぼれした刀身。
正義を振りかざして来た者の末路。
美術品として魔剣機関に飾られていた頃の美しさや威厳は微塵もない。
彼女を戒める手錠も、割れて錆び付いてしまっていて、いっそう悲壮を際立たせる。
「止めて見せる!」
マスターは決闘に応じた。
刀と剣が幾度となくぶつかり合う。
だが、ランクの差は戦いに如実に出て、ライブラロストはあれよあれよと劣性に立たされた。
ごくひらロストはSSランク、ライブラロストはSランク相当……
強い魔力を帯びた斬撃を、ただでさえボロで回復もままならない魔剣(ほんたい)で受けなくてはならない。
「ぐううっ!」
「諦めるんだ!もう、こんな事は止めて、傷を治せ!」
「させるかッ!」
幽体魔剣は止まることを知らずに増え続けた。
ランクの差は数でカバーしようという魂胆だろう。
事実、白兵戦に持ち込んだ時点でこの方法は最善手だ。
ごくひらロストは霊体を叩き落とすだけで精一杯になった。
「もうっ!そろそろ限界よ!マイマスター!」
連弩型や弓矢型の霊体魔剣の手によって撃ち込まれる凶弾の嵐に、レヴァンテインはきつそうだ。
「マスターッ!打開策は!」
ライブラは悲痛に叫ぶ。
このままライブラロストの幽体魔剣の軍勢に圧殺されてしまうのか。
その時――――
「大丈夫だ、みんな!全て計画通りさ!」
マスターは回転切りを繰り出すと、周囲に散らばったサファイアを一気に吸収した。
「耐えに徹して貰ったのは、ブレイズを貯めるためさ!いけるな?ごくひらロスト!」
「仰せのままに!禁式――――――有慚満月……!」
放たれたごくひらロストのブレイズドライブは、こんなにギリギリまでためるほどブレイズを必要とするわけではない。
ただ、ブレイズは溜めているだけで大きな力を産み出し、その威力を底上げする。
ランクがひとつ下の相手とは言え侮らず、全力の必殺で返しを見舞った。
繰り出される濃密な魔力を帯びた斬撃に、幽体は瞬く間に両断されていった。
「く……私たちが失敗作と言われた理由を嫌でも思い知るぞ……!」
ライブラロストはそう悪態をつきながらも、全力のブレイズドライブを受けてもなお、膝をつかなかった。
「なぜ、そうまでして生きようとする!元のマスターは死に絶えてるし、あまつさえ体を改造され、兵器として送り込まれ、存在してはいけない並行世界にイレギュラーとして存在し続けなければならないのに!」
「貴女はひとつ勘違いをしています!」
ごくひらロストは声を荒げた。
そんな主張の仕方をする魔剣ではないのだが、我慢ならなかったのだ。
「確かに、貴女が言うように、ロスト魔剣は悲劇より出でて悲劇に還る存在なのかもしれません……でも!今、旦那様と、もう一人の私と、そしてお姉ちゃんと過ごせる今が、幸せだという事実を、貴女は知らないのです!破壊せずとも救われたロスト魔剣が居ることを、受け入れなければならないのです!」
「だが、お前は他の並行世界のお前自身を壊し続けてきたのだろう!その罪は、裁かなくてはならない!」
「その罪は、この世界で生きて償います!死に逃げたりしません!だから、壊す理由なんか無いんです!」
「それでも壊すんだ!私が私であるために!」
「そうはさせません!」
ライブラの光の剣が、ライブラロストを磔にする。
ブレイズドライブを受けた傷が想定より深く、抵抗する余裕なくうなだれた。
息は荒れ、目は虚ろになっている。
「もういいだろう。治してやるから、幸せに過ごしているロスト魔剣にまで手を掛けたりしないと約束してくれ。」
マスターは歩み寄った。
ライブラと共に過ごしてきたからこそ、止めて欲しいのだろうと予想したのだ。
が、それに反しライブラロストはマスターを睨み返した。
「降(くだ)るつもりはない。」
「そんな言い方は無いでしょう!正義の心を尊重して、言ってくれたのに……!」
「私は貴女、貴女は私、だから解る……とでも言いたげだな。容易く見られたもんだ。」
心の底からの拒絶。
自分の正義と全うな正義が同じではないということを、相手に理解されない失望。
「私は"ロスト魔剣を全て破壊する"ことが目的と言ったな。」
「ああ。そう言った。」
「それにはちゃーんと、私自身も含まれているんだぜ。」
「なッ!」
途端、ライブラロストの魔核に、魔力が集中し始める。
「全て破壊し尽くすことが叶わないなら、せめて一本でも多くロスト魔剣を破壊する。自身でさえも例外なく!」
「やめろ!そんな事して何になる!」
「私が私であるままで死ねるんだよ!」
「なに……?」
「縫合されたロスト魔剣の失敗作は、自分が誰か解らないまま魔力切れで死んでいくのがザラだ!成功した奴らだってそうさ!本来の自分を見失い、破壊の限りを尽くして、その後に停止する!」
「旦那様なら、そんな結末から救ってくれます!」
「篭絡し、傀儡となることのどこが幸せか!己の正義を封じ込め、手込めにされるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
ライブラロストの身体から、目映い魔力が漏れ出す。
「マイマスター!これ以上やると戻れなくなるよ!下がって!」
「まだ助かる!止めなくちゃ!」
レヴァンテインは、マスターの手を引き、ライブラロストから引き離そうとする。
「私は私の正義を貫いて死ぬ!ライブラとして……そして、ライブラロストとして!」
魔力が集積し、光が渦巻き始める。
「マスター!ダメです!このままでは巻き込まれます!」
「旦那様!死んじゃ嫌です!」
「ライブラロスト!ライブラロストぉッ!死ぬなッ!死ぬな……ッ!死ぬなーーーーーーーーーーーーーーーー!」
マスターは三人の魔剣により、戦線を離脱させられた。



「これでよし、と。」
鍛治医師クランベリーは、今回の出撃で大怪我を負った三振の魔剣の治療を終えた。
「ごめんなさい。心配を掛けました……」
最後に診察をしたごくひらロストは深々と頭を下げた。
「いいのよ。貴女が気にする事じゃない。最後に判断を謝ったのは、そこの青二才なんだから。」
「面目ないです……」
マスターはリディにきつめに包帯を巻かれながら、肩身狭そうにする。
「そう落ち込まないでください。マスターは、何か思うことがあって、ライブラロストを呼び止めたのでしょう?」
「ライブラ……」
「今のマスターは甘やかしちゃダメ!」
リディは包帯の留め具を嵌め、平手打ちをして、スパァン!と高い音を立てた。
「そうよ。ロスト魔剣を破壊することに特化した相手と知りながら、ごくひらロストちゃんに無茶させたんだから。」
「失いたく……なかったんだよ。」
マスターは二人の嫌味に対して、弱々しく返した。
「ロスト魔剣たちだって、普通の暴走魔剣と変わらずに、頑張ればなんとか救えると思ってた。けど、グレイプニルのロストは月世界の崩壊と共に消えていった。こんな結末は二度とごめんだって思ったから、つい……」
「旦那様……」
項垂れて、床を見つめるマスターの手を、ライブラは握りしめる。
「全てを救える方法などありません。力を持つものは、救えるものと救えないものを秤に掛けて選び取るしかないのです。例えそれが、残酷だと言われても。」
「そ、そんな……」
「私も、彼女も正義の天秤です。心の皿に乗せられたものの重量でしか正しさを計れず、またそれに肩入れすることだけが正義と信じて、裁くことしか出来ないのです。」
「ライブラロストは、彼女自身の正義で、自らを"裁いた"んだな。」
「はい。それが私たちのあり方で、彼女らしさなんです。だから……」
「残りの融合魔剣を止めよう。」
「……はい!私たちなりの裁き方で。」



「あーあ。折角いい個体だったのに、無駄にしちゃったねぇ。」
灰になって消えてゆくライブラロストを見ながら、カルバノグは嗤った。
「そうだな……修理して使い回せないのが、オートマチックの欠点だ。」
「これからどうするの?」
「どうもこうもないさ。今まで通りロスト魔剣の研究と開発を進めるだけだよ。並行世界なんて、彼自身が無限に作り出してくれるんだから。」
「ハハハ!違いないや。」
次元の穴を開き消えてゆく二人の影。
彼女が裁くと誓った悲劇が終わるのは、もう少し先のお話……。

ブレイブソードxブレイズソウル 二次創作 オリジナル魔剣【支配の双盾・ワンワールド】

戦斧/無

概要

滅びの境壊(きょうかい)ニューワールドと支配の真眼(まなこ)ニューオーダーの2つの盾から成る戦斧型魔剣。
ワールドで思想を見定め、オーダーによって洗脳し、修正する。
所有する魔剣使い(マスター)の思想を尊重し、侵略する。
ワールドは思想の中に呪いを潜在させ、マスターの思想から外れると、熱毒によって茹で殺す。
オーダーは意識の中に呪いを潜在させ、常に監視されているという妄想にとりつかせる。

伝承

世界の中心になりたいと願う二人の王が居た。
その二人は聡明で、賢人として王となった者たちであり、思想も似ており、個人としても国としても親交が深かった。
だが、世は魔界。世紀末も裸足で逃げ出す無法の世界に、賢人たちの国は衰退の一途をたどっていた。
魔界が無法の地である理由は、道端の草さえ知っている。
【魔王】が不在だからである。
統治者の居ない世の中など、獣の世に等しい。
賢王ギリスと賢王メアは、魔王ならずとも、魔界の統治者は必要であると考えた。
ギリスの国は魔術で栄え、メアの国は武具製造で栄えていた。
その技術を活かし、ひとつ魔剣をこしらえようと手を取り合った。
魔剣のモチーフは【盾】だった。
無法から民を守る統治者のシンボル。
誰かを傷つけてしまうような、振りかざされる武器であってはならないと、純粋な祈りによって打たれた。
しかし、悲劇は起きた。
互いの技術者たちは、愛国心のあまり、互いの王を統治者としようとした。
互いに譲らなかった結果、盾は双子になってしまったのだ。
どちらも同じ位で、協力して支配を試みようとしていた王たちにとって、大きな誤算となったばかりか、計画に亀裂が生じてしまった。
民が王を愛しているように、王たちもまた民を愛している。
愛がゆえに、王さえも優位を欲するようになった。
ギリスはニューワールド、メアはニューオーダーを掲げ、魔界支配計画の開始を口実に、水面下での粛清が始まった。
ギリスは積極的にスパイを送っては、毒殺による暗殺を繰り返した。
メアは計画の一端として堂々と監視し、因縁をつけてはギリスの民を思想違反者として処刑した。
そうして互いにはらわたを食いあった結果、かつて本当の敵であった無法の者に国を陥落させられ、滅びてしまった。
二人の王は破滅してゆく国を捨て、逃亡した。
ゆく果ては同じだった。かつて二人で民のためにと支配を誓った、魔剣工房であった。
ギリスは深く頭を下げて謝罪した。愛を建前にした醜い支配欲の権化になっていた、と。
メアも、それは自分も同じだ、とギリスと同じように頭を下げた。
だが、互いの眼に映っていたのは、片割れの盾だけだった。
王たちが武器を抜いたのは同時だった。
頭を上げるのと同時に、ギリスは杖を、メアは銃を抜いた。
ギリスの呪術がメアを熱毒で茹で殺し、メアの弾丸がギリスの脳天を貫いた。
魔剣少女ニューワールドは悲しみのあまり眠りにつき、魔剣少女ニューオーダーは、そんなニューワールドを抱擁し、いつか世界が1つになるように、と、新たなる支配者を、いつまでもいつまでも待った。

魔剣少女

ニューワールド
眠る黒き乙女。木の枝のようなものに体を縛られており、時々すすり泣く。

ニューオーダー
支配者を待ち続ける白き乙女。世界平和のための独裁支配を本気で望んでいる。

BD【境界無き支配ワン・ワールド・オーダー】

マリキンむかしばなし 「沼太郎」

*むかしむかしあるところに、シグキンおじいさんとjackおばあさんが住んでおりました。
シグキン「は?何でjackと一緒に住んでるんだよ死ね!」
jack「スマヌー!」
*シグキンは山へ芝刈りに、jackも山へ芝刈りに
シグキン「付いてくんな死ね!」
jack「よかれと思ってー!」
*jackは渋々川へ洗濯に行きました。すると、上流からどんぶらこ、どんぶらこ、と、ざくろが流れてきました
jack「うわキモ殺そ」
*jackがざくろを家へ持ち帰ると、シグキンは黄金に輝くウイエを抱えて帰っていました。
シグキン「竹から出てきた。持ち帰るのは嫌だったが持ち帰らないと逆に危険だと思った。お前は何でも拾ってくんな」
jack「理不尽」
*シグキンはウイエを月に投げ飛ばすと、ざくろの頭をまっぷたつに割りました。
ざくろ「は?」
ざくろの頭から、なんとグラサンを着けた赤子が出てきました
シグキン「キモ」
ざくろ「割っといて言う?」
jack「沼から産まれた沼太郎」
赤子「嫌なのでバチ太郎と名乗るバチ」
*バチ太郎はイカれた沼夫婦から早く逃れるために急成長し、鬼退治に行くことに決めました。
シグキン「ざくろって案外まともなのかもしれない」
バチ太郎「息子の成長を見た感想がそれバチか……」
jack「早よ鬼ヶ島から金銀財宝奪ってこい。石にするから。」
バチ太郎「懲らしめられるべき悪鬼はどっちバチか…………」
*バチ太郎は不服ながらも、きびだんごを自前でこしらえ、旅に出ました。
jack「稼ぎがでない場合帰ってこなくてよし」
シグキン「jack死ね!(別れの挨拶)」
jack「スマヌー!(煽り)」

*バチ太郎が海へ向かい歩いていると、趣味太郎犬が現れました。
バチ太郎「もしや勝ち確バチか?」
*趣味太郎犬は犬というより見上げ入道でした。
バチ太郎「もしや勝ち確バチか?(2回目)」

*バチ太郎は趣味太郎犬の肩に乗って海をわたり、鬼ヶ島へ辿り着きました。
*趣味太郎犬は鬼ヶ島に向かって言いました。
趣味太郎「入れないから外に出てくれないかな」
*すると、しばらくまたせてから、マリキン鬼がひょっこりと出てきました。
マリキン「なんで俺主人公なのに鬼なの??????????」
*趣味太郎犬はそんな問いかけに応じること無く、適当に指でマリキン鬼を潰してしまいました。
趣味太郎「バチ太郎や、指を伝って下りてくれや。その小さい穴から財宝を運び出してくれ。」
*バチ太郎は何の苦労もなく、鬼の集めた(担保にしていた)金銀財宝を取りだし、せっせと趣味太郎犬の手のひらに放り投げて行きます。
趣味太郎「さて、これを売ってバレンタインチョコでも作るか」
バチ太郎「え?いや、あの……」
*趣味太郎犬は小遣いを握りしめた子供のようにその場を去ってしまいました。
バチ太郎「現地解散かよ……(口癖無視)」

*ハッピー❤バレンタイン

シグキン&jack「は?」

ブレイブソードxブレイズソウル 二次創作 「追憶のゴーストノート」

フライパン「ねぇダーリン」
マスター「なんだ。」
若きマスター、ロウドは飲み干したジョッキをテーブルに叩きつける。
フライパン「ダーリンはどんな人でも、どんな魔剣ちゃんでも助けちゃう、すごい人よね。」
ロウド「熱くなりやすいだけさ。」
そうは言いつつも、ロウドの表情は照れ臭そうだ。
フライパン「でもダーリン。ブキダスからの魔剣ちゃんじゃあ飽きたらず、捨てられた魔剣ちゃんにまで、手を出すタ・ラ・シっぷりにはちょっと感心しないのよね。」
ロウド「人聞き悪いなぁ…そんなつもりはないさ。ただ、可哀想だから救ってやりたいと思うだけさ。」
フライパン「本当に?本当に?本当の本当に?本当の本当の本当の」
ロウド「本当だってば。大体、落ちてる魔剣なんてそう沢山あるものじゃないだろう。」
フライパンが詰め寄ることはいつものこと。
鼻先を指で押し返す。
フライパン「ふーん…確かにそうね。」
今日は嫌に引きが早いな、いつもならもう少ししつこく来るのに、とロウドは不可解に思う。
ロウド「なんだ、今そんな話をするってことは、訳ありなのか?」
フライパンはいろめかしいスマイルをロウドにおくる。
フライパン「やっと気づいてくれたのね。」
フライパンはクエストボードを指差す。
フライパン「それに関してのクエストが貼られていたはずだから、ついでに報酬ももらっちゃえば?」
ロウド「ほぉん、どれどれ。」
フライパンに案内されるがまま、クエストボードを目でおう。
ロウド「S級の魔剣の総索か…珍しい依頼ではないな。」
フライパン「そうとも言い切れないわ。彼女、かなりの距離を移動しているらしいのよ。暴走魔剣なら、台風の目のように災害を起こしながらゆっくり移動することはあっても、旅をするように"わざわざ人が通るところ"を"なにも起こさずに"移動しているんだから普通じゃないわ。」
ロウド「確かに…暴走魔剣にしては理性的だが…依頼には暴走しているとは書かれていないぞ。」
フライパン「確かにそうね。でも、その場合は、持ち主が探している事が多いわ。でも、この依頼は魔剣機関直々のもの…」
ロウド「報酬が~…魔宝石ダイヤ100個と?錬金素材100,000個とぉ?エトセトラエトセトラ…必死すぎるだろう…」
フライパン「興味ある?」
ロウド「逆に怖いな…」
フライパン「あら、もっとバ…勇敢だと思ってたのに。」
ロウド「お前なぁ…はいはい。行けばいいんでしょ」
ロウドはカウンターへ行き、クエストを受注する。
フライパン「私がいないところでダーリンが知らない女に会ったら困るもの。探して先に潰しておくべきだわ。」
ロウド「ん?何か言ったか?」
フライパン「いえ、何も。準備はしっかりね。お弁当作っておくわ。」
ロウド「ピクニック気分かよ…」

ロウドは最終目撃地の周辺の、街道沿い林を捜索した。
案の定、魔力に釣られてモンスターが群がっていたが、大した驚異ではなかった。
フライパン「あくびが出るわね…」
ロウド「S級魔剣の付きまといにしては弱すぎる。」
暴走魔剣鎮圧の定石に従い、戦力が崩れたことを確認し、一番モンスターが群がっている部分に踏み込む。
ロウド「居たぞっ‼あれか?」
フライパン「典型的な魔典型ね。」
落ちていたのは1冊の本。
真っ白で、まっさらで、その純白は今にも透明になってしまいそうなほどだった。
儚い光が、その本を優しく包み込んでいる。
ロウド「依頼通り、暴走している感じは無いな。」
フライパン「嫌に落ち着いているわね…」
恐る恐る近づくが、その警戒とは裏腹に、易々と接触を赦されてしまう。
拾い上げると仄かに温かい。
が、違和感があった。
ロウド「何の属性も感じない。」
フライパン「本当ね。まぁ、例外中の例外みたいな魔剣だし、何か秘密があるんでしょうね。」
普通なら、S級ほどの魔剣ともなれば、何らかの属性を持っているはずなのだ。
B級以下の魔剣でさえ、鑑定すればしっかり属性が割り振られている。
ロウド「アンロックしてみよう。話ができる相手かもしれない。」
フライパン「了解。」
フライパンはロックされた状態に戻る。
二本も三本もアンロック出来る才能を持つものは一握りだ。
ロウド「…コード識別……アンロック‼」
目の前には、白髪の少女が座り込んでいた。
まるで、アンロックする前からそこに居たように。
少女「私は魔典"ゴーストノート"…世界の記憶をその身に記す者…」
ロウド「よろしく、ゴーストノートちゃん。この魔典は世界の記憶なのか。ふーん。」
ロウドは本に手を掛ける。
ゴーストノート「だめっ‼」
ロウド「ええっ‼」
先ほどまで、風が吹くほど小さな声でしゃべっていたのに、急に声を荒げた。
ゴーストノート「その本を開いてはだめ。」
ロウド「何故?」
ゴーストノート「世界の記憶は誰も知るべきではないから。いや、知らせてはならないから。」
ロウド「ちょっとくらいならいいじゃん。」
ゴーストノート「だめったらだめ‼」
足元の草をぎゅっと握って、頬を膨らませる。
ロウド「わかった。わーかったよ。」
そう返事すると、ホッとした顔をする。
頑固な魔剣には、一旦折れてやるのが彼のやり方だ。
フライパン「単純ね。開いてやれば?」
ロウド「そんなこと言うなよ。」
ロウドはゴーストノートをロックして、ギルドに戻ろうとした。
ゴーストノート「何処へ行くの?」
ロウド「ん?お前を魔剣機関に届けて、クエストの達成。」
ゴーストノート「嫌‼」
ロウド「おいおい。そうやって嫌がるから追いかけ回されるんだぞ。」
ゴーストノート「嫌…みんな私を読もうとしてる…」
ロウド「そりゃ困ったな。でも、本なら読まれなきゃ存在意義が無くないか?」
ゴーストノート「鍵を…」
ロウド「?」
ゴーストノート「どうか私を解き放つ鍵を持つ魔剣使いの元へ…」
ロウド「俺じゃダメなのか。」
ゴーストノート「だめ…」
ロウド「即答かよ…」
こいつが何者かはいまいちよくわからない。
が、これで不可解な移動の真相は明白になった。
旅をしていたのは、その"鍵"とやらを持つ魔剣使いを探すためだったのだ。
しかし、今までどうやって移動していたんだろう?
モンスターに持っていってもらっていたとか?
まさかね…
???「そこのお前‼」
ロウド「げっ‼?EDENか‼」
EDEN魔剣使い「その白い魔典を捨て、速やかに去れ‼」
ロウド「やーなこった‼お前らが読んでいい本じゃないんだとさ‼」
EDEN魔剣使い「何を訳のわからんことを…」
ロウド「追い払うぞ‼フライパン‼アンロ…」
ゴーストノート「去るのはお前だ‼」
ロウド「ちょ…勝手に…」
ゴーストノートは自らアンロックし、光の息吹きを吐いた。
EDEN魔剣使いはその光に悶え苦しんだ。
EDEN魔剣使い「何だこれは…?おい‼」
息吹きが風に流れても、EDEN魔剣使いはうろたえ続ける。
EDEN魔剣使い「クソっ、何だこの光は‼おい‼だれか‼だれか居るか‼この光をどうにかしてくれ
ー‼」
ゴーストノート「今のうちだよ‼」
ロウド「お、おう‼」
ロウドは一目散に走り出した。
街道に出てはまずいので、林のなかを進んでいった。

ロウド「はぁ、はぁ、撒いたか?」
フライパン「大丈夫。すぐに追い付かれるようなことはないと思うわ。」
ロウド「ふぅ。EDENの勇者様に遭うとろくなことにならねぇ。」
ロウドは周囲のなかで比較的大きな木に寄りかかる。
そして、ベルトにくくりつけていたゴーストノートを再び手に取った。
フライパン「読んじゃうの?」
ロウド「馬鹿野郎。そんなわけあるか。」
ゴーストノート「では、どういった御用で?」
ロウド「いやぁ、魔剣としてどう使えばいいのかわからないんだよ。普通の魔典は"開いて"術式を展開するわけだろ?なのに、さっきの奇襲にはそれを必要としなかった。」
ゴーストノート「杖棒のように祈りを捧げるのよ。」
ロウド「はえ~…変なの。」
ロウドは腕組みをしてううんと唸る。
ゴーストノート「今度はなに?」
ロウド「だぁー‼訊きたいとこがありすぎる‼」
フライパン「シ‼声が大きいわよ。」
ロウド「わ、悪い。」
忠告を聞き口を閉ざすと、ガサガサと草の根を掻き分ける音が聴こえる。
ロウド「ここもそう安全とはいかないか。」
音とは反対方向に、屈んだまま歩き出す。
ロウド「色々な興味は後回しにして大事なことを聞くが、その"鍵"を持つ奴って、どういう奴なんだ?わからなきゃ届けられない。」
ゴーストノート「ごめんなさい。覚えていないの。開けて欲しいのは"本当の私"への鍵だから…」
ロウド「えぇ…無茶ぶりじゃないか…」
ロウドは頭が痛い気持ちだった。
やれやれ今さら約束を破ろうものなら、あの光の餌食だろう。
ひとりでにアンロックされるほど厄介なものがあるだろうか…
ゴーストノート「でも大丈夫。その鍵を持つ人間の気配は近い…鍵穴が哭いているから…」
フライパン「穴が哭いてるなんて下品な女。」
フライパンの他所の女への嫌味はいつものことなので、ロウドはスルーを決め込む。
ロウド「…まぁ、要するにその気配を追えばいいんだな?」
ゴーストノート「そう。そうなのだけど…」
ガサガサという音が近づいてくる。
ゴーストノート「それが今の私の願いなのかと言われたら、よくわからない。」
音は勢いを増して、更に近づいてくる。
ゴーストノート「今の私の願いは、ただ───────」
ロウド「すまねぇ‼その話は後だ‼」
EDEN魔剣使い「居ました‼あそこです‼」「のがすなぁ‼」「一気にかかれ‼」
ロウド「囲まれていたか‼」
ゴーストノート「行くよ‼」
光の息吹きが再びEDEN魔剣使いに襲いかかる。
EDEN魔剣使い「気を付けろ‼その霧は"視覚"と"聴覚"を奪うぞ‼」
EDEN魔剣使いは斧型の魔剣を取り出す。
EDEN魔剣使い「夜風の戦斧"フォレストオウル"‼アンロック‼」
ロウド「ぐっ‼」
暴風が草木を凪ぎ払い、ロウドに押し寄せる。
ゴーストノート「小さな"鍵"すら持てないような人間は、こんなにも安易だ。」
うろたえるロウドに対し、息吹きは風など関係なく、EDENの魔剣使いを覆い始めた。
ゴーストノート「そうね…刃向かうなら魔鍵くらい手にしてきたらどう?」
ロウド「うっし、今のうち‼」
EDEN魔剣使い「あっ、おい‼待て貴様‼…ぐっ音が聞こえなく…なっ…て…」
ロウドは走り続け、海岸沿いに出た。
日差しのせいでひどく暑いため、日陰に倒れ込んだ。
ロウド「あぁ、はぁ、ここまで来れば…もういいだろ…」
汗が喉元を滝のように流れる。
声が裏返り、情けない声を出している。
フライパン「ダーリン、はい深呼吸。」
ロウドは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
ロウド「…ったく。たまったもんじゃないぜ…それで?お前の願いとやらは?」
ゴーストノート「それはね。ただ普通に、普通の魔剣として生きたいなあって。幾ばくのものに宿れる、ありふれた魔剣少女でありたかったな…って。そして───────」
ロウド「おいおいマジかよ。」
ピリピリと伝わってくる強力な魔力。
EDENの魔剣使いは更なる団体を連れて帰ってきたのだ。
EDEN魔剣使い「あの魔典はEDENが回収しなくては‼」「他の者の手に渡ってなるものか‼」「捕らえよ‼捕らえよ‼」
EDENの魔剣使いたちが一斉にアンロックする。
魔力震で息が苦しくなる。
ロウド「なあよおゴーストノートちゃん。お前には世界の記憶が記されているんだろう?」
ロウドはゴーストノートをアンロックする。
ゴーストノート「そう、でも今気にすることじゃない‼」
ロウド「いいや関係あるね‼世界の記憶があるなら、世界のありとあらゆる術式を網羅しているはずさ‼きっと使っちまったら死ぬほど強いんだろ‼」
ロウドはあまりに不利な状況に冷静さを失っていた。
ゴーストノート「違う‼そうじゃなくて…」
ロウド「ごめんよ‼もう時間がないんだ‼開くぞ‼」
ゴーストノート「だめーーーーーっ‼」
EDEN魔剣使い「よせーーーーッ‼」
刹那、まばゆい真白の閃光がほとばしる。
ロウド「あ…れ…なんだか…眠…くなって…」
フライパン「私…も…なぜ…?」
EDEN魔剣使い「この…阿呆…が…‼」
次々と眠り落ちて行く人々。
ゴーストノートは弾けて飛んで行く。
ゴーストノート「私の願いは…"私のことを忘れないでいてほしい"ということ…いつか鍵が開けられて、消えて行くだけの私のことを…」
ゴーストノートは再び地上に落ちる。
元居たように、見知らぬ林のなかで。
ゴーストノート「でも、それは叶わぬ願い。またみんな、私のことを忘れてしまうの。私に記された"世界の記憶"を守るために…」

ロウド「…あれ、俺たちこんなところで何してたんだ?」
ロウドは目を擦って海岸を見渡す。
フライパン「ピクニックよ。二人きりの。ほら、お弁当。」
ロウド「お、気が利くね。サンキュ。」
フライパン「当然よ。大切なダーリンとのデートだもの。」
二人は夕暮れを見送った。



ゴーストノート「本当はね、このゴーストノートという名前も、本当の名前ではないの。だって本当の私は鍵穴の向こうだから。12番目の魔剣使い様…もう、聞いていないのだろうけど…」
彼女は、束の間の"魔剣少女としての人生"を、追憶する。

ブレイブソードxブレイズソウル 二次創作 「おるすばん」

ある日の酒場での出来事…
リディは退屈だった。
数々の酒場でのバイトも、なかば退屈凌ぎのためにやっている部分があった。
遊び盛りの子供であるリディにとって、マスターの居ない休日は果てしなく暇だった。
リディ「オルクリストの人形劇も飽きちゃったし、かといってグランギニョルには頼みたくないしなぁ~」
酒場のカウンターにあるブキダスのレバーをギコギコしていると、隣にセスタスが座ってきた。
セスタス「お隣、よろしくて?」
リディ「どーぞどーぞ」
バータイムではないので、カウンター先には誰も居ない。
セスタスはショートケーキを2つもっていて、1つをリディに渡した。
セスタス「いかが?」
リディ「うーん、太っちゃうなぁ」
セスタス「あら、要りませんの?」
リディ「いやいや、やっぱ食べる。バイトで動きまくればいいんだし。」
セスタス「では、どうぞ」
二人はフォークでショートケーキをつつく。
セスタス「やはり、せんせいがいないと賑やかさに欠けますわね。」
リディ「人騒がせなのと、賑やかなのはちがうもん!!暇さえあればセクハラ三昧だから、注意するこっちの気にもなってほしいよね!!」
セスタス「たしかにもう少し紳士的になってほしいですわね。でも、付きっきりで居る貴女も、なかなかの物好きですこと。」
リディ「そっ、そんなんじゃないったら。」
セスタス「ふふふ」
リディ「…でも、やっぱり居ないと退屈だなぁ…。」
セスタス「チェスでもいかが?」
リディ「えー、ルールわかんないよー」
そこで、リディの脳裏で電球が光る。
リディ「そうだ!!セスタスちゃんで遊べばいいんだ!!」
セスタス「ふぇ!!?」
リディはしゃがんでセスタスの足首を掴んだ。
リディ「さあ、軽くなるんだよ!!」
セスタスが術式を開放すると、セスタスの体は布のように軽くなる。
リディ「ちからもちごっこー!!」
セスタス「わたくしはつまらないですわ…。」
リディ「えー、わがままだなぁ~」
セスタス「そっくりそのまま返しますわ」
リディはセスタスを下ろすと、腕を組んでうーんと唸る。
リディ「このときのためのお楽しみがあったような…」
セスタス「お楽しみ…とは、なんですの?」
リディ「そーだ!アレ、出来上がってるかなぁ!!?」
リディは目をキラキラさせて走り出す。
セスタス「ま、待ってくださいまし!!」
セスタスも、それに付いていった。

セスタス「ここは…地下室…。」
リディ「そうだよ。謎の地下室。」
この酒場では、酒の醸造以外で地下室を使うことはあまりない。
魔剣の収納倉庫も地上にある。
盗まれるかと心配するだろうが、地下に収納して、万が一地下室が崩れてしまったときに、埋もれてしまう方が怖いのだ。
そんなわけで、酒蔵以外の部屋は、ほぼすべてが空き部屋となっているのだ。
目の前にある錆びかけた扉も、その中のひとつである。
鍵はかかっていないようだ。
リディ「こんにちはー」
リディが扉を開けたとたん、リディは後ろに吹っ飛ばされ、セスタス共々壁にぶつけられる。
二人「きゃあ!!」
???「お~っと失礼!!この私のザ・試作術式の実験最中だったのだ~!!」
???「あらら~。でも、無事みたいよ。怪我もしてないみたい。」
???「イェーイ!!」
???「イッツロジカル!!」
中から出てきたのは、オーガニクスとアルスマグナだった。
セスタス「ろじかる!!ではありませんわ!!まったく…」
セスタスは涙目で、服の土ぼこりを払う。
リディ「ところで、例のアレ、出来てる?」
オーガニクス「ハーッハッハ!!もちろん!!このマッドサイエンティーーーストにかかれば雑作もない!!」
アルスマグナ「ヤバくならないように私が監修したから、事故の心配はいらないわ。」
渡されたのは、三本のペンだった。
特徴は、それぞれの芯がルビー、サファイア、エメラルドで作られている事だった。
セスタス「これは何ですの?」
オーガニクス「それはぁ、私のパーーーフェクトな理論に基づきィ…」
アルスマグナ「オーガが説明すると長くなるから、ロジカルに説明するわね。それは、それぞれに対応している火風水(ひかみ)三属性の下級術式を書き起こせば、インスタントに使えるマジックアイテムなの。でも、破壊力は出ないようにセーフティーロックしてあるから、安心してね。」
セスタス「ルビーは火、サファイアは水、エメラルドは風という認識でよろしいですわね。」
アルスマグナ「イッツロジカル!!」
リディ「ありがと!!これ、おみやげ。」
リディは二人に1つずつダイヤを渡す。
アルスマグナ「ワォ!!」
オーガニクス「貴様…ダイヤペンも作れというのか…ッ!!」
リディ「いやいや、ただのお礼だから。何に使ってもいいよ。」
アルスマグナ「そうよね。ダイヤで作ったペンなんて、論理的に考えて危険過ぎるわ。」
オーガニクス「そうか~、それはそれでズァンネンだ。」
リディ「じゃあね~」
オーガニクス「おう、いたずらするなよ~」
アルスマグナ「あんたが言うの!!?
セスタス   貴女が言いますの!!?」

セスタス「それで、これを使ってどうしますの?」
リディに連れられるがまま、セスタスは酒場の外に
来ていた。
リディ「今回は、この緑(エメラルド)のペンを使うよ!!」
そう言うと、肩掛けバッグから、瓶を取り出した。
中には、風の魔石の欠片が詰まっていた。
次に、1枚の紙を取り出す。
少し紫がかった紙だった。
魔力洋紙(トレースドペーパー)と呼ばれるその紙は、術式を感知すると、その術式を写生する性質を持っている、魔界の子供たちの教材である。
この紙自体で術式を作動させる効果は持っていないため、親の目がなくても安心して使える、便利アイテムだ。
それを、セスタスの魔剣にピタリと貼りつけ、軽量化術式を写生する。
セスタス「まさか、そのペンで、魔力洋紙の術式を…」
リディ「さっすが!!理解が早い!!」
魔力洋紙に写った術式を、緑のペンで風の魔石の欠片に書き写す。
リディ「できたッ!!」
リディが風の魔石の欠片から手を離すと、それはうっすらと発光しながら宙に浮いた。
セスタス「まあ!!綺麗ですわ!!」
リディ「ちっちっち、綺麗なだけだったらやらないんだなぁ。」
セスタス「ふぇ!!?」
リディはその浮遊する石を掴むと、えい、と酒場の壁に向かって投げる。
すると、リディの力では到底出ない猛スピードで壁に飛んで行き、砕け散った。
セスタス「わわわ」
リディ「へっへっへ」
リディは"ザ・悪ガキ"な笑みを浮かべる。
セスタス「野蛮ですわね。綺麗ならそれでいいではないですの!!?」
リディ「へー、魔物をほふる魔剣であるセスタスちゃんが言うんだ~」
セスタス「ぐぬぅ…。」
リディ「それでは、キノコリオン撃退作戦にしゅっぱーつ!!」
セスタス「ふぇ!!?そんな勝手な…。」
リディ「だいじょぶ。ちょうど困っているひとがいるから。」

リディ「おばさーん!!」
おばさん「あら、リディちゃん。今日はお友だちも一緒?」
リディ「うん!!」
リーマの外れにある小さな畑。
そこで日々、手伝いや暇潰しをして野菜を分けてもらっている。
おばさん「でも、今はちょっとあぶないから、リディちゃんじゃなくてマスターくんに頼みたいことがあるのよ。」
リディ「しってるよ。ちびキノコリオンが作物を荒らしてるんでしょ?」
おばさん「そうなのよ。あのまま常習的にこられちゃたまったもんじゃないから、お願いしといてもらえないかしら。」
リディ「へへーん、今日はね、リディちゃんの秘密兵器があるからだいじょぶなんだよ!!」
セスタス「えー、ちびとは言えど魔物ですわよ?」
リディ「へーきへーき!!」
おばさん「平気じゃないわよ。酒場に戻って、マスターくんに伝えてきて頂戴。」
リディ「むぅ~」
おばさん「日が暮れる前に帰りなさいよ。」
おばさんはリーマに帰るようだ。
セスタス「では、帰りますわよ。せんせいが先に帰ってきたら心配しますわ。」
リディ「張り込むよ」
セスタス「だから…」
リディ「やるったらやるの!!」
セスタス「もう…でも、夕方になったら引っ張りますわよ。」
リディ「その時はその時」
セスタス「!!」
セスタスはリディの手を引く。
リディ「ちょっと、早くない!!?」
セスタス「しー、ちびキノコリオンが来ましたわよ。おばさまが離れるのを待っていたんですわ。」
ちいさなキノコリオンは三体来ていた。
畑の土にカサを叩きつけて、根菜類を掘っている。
ちび1「さっさとするノコ!!ババアに見つかったら大変ノコ!!」
ちび2「わかってるノコ!!口じゃなくて頭を動かすノコ!!」
ちび3「おい、お前のカサ俺に当たってるノコ。もう少し距離を考えろノコ。」
リディ「キノコが野菜を食い荒らしているって異様な光景だね…。」
セスタス「ここは魔界ですわよ。普通なんて何処にも在りませんわ。」
リディ「突っ込むだけ無駄だね…。さっさと追い払っちゃおう。」
リディは緑のペンを使って浮遊石を作り、大きく振りかぶって投げつけた。
ちび2「ノコォ!!?」
リディ「やった!!」
ちびキノコリオンのうちの一体に命中し、軽く吹き飛ばした上に、切り傷までつけた。
ちび1、3「アレキサンダーぁぁぁあああ!!」
ちび2「ぐう…アテム…プトレマイオス…すまねぇ…。ぐふっ」
リディ「なんか三文芝居やってるから、今のうち!!」
リディは次々と浮遊石を作り、投げた。
ちび1「ぐわぁぁあああ!!」
ちび3「ぎゃんっ!!」
リディ「やりぃー!!」
セスタス「ふぇ…リディさん、うしろ、うしろ…。」
リディ「へ?」
セスタスに服の裾を引っ張られて後ろを振り返ると、大きなキノコリオンが立っていた。
キノコリオン「よくも、うちのアテムとアレキサンダープトレマイオスをいじめてくれたな…ノコッ!!」
リディ「ふえぇ…。」
セスタス「どうしましょう…。」
キノコリオンの大きな影が落ちる。
キノコリオン「くらえノコ!!目からビーム!!」
二人「きゃあーーー!!」
二人が叫ぶと、キノコリオンに謎の弾丸が直撃した。
キノコリオン「誰だノコッ!!」
アルスマグナ「間に合ったわね。ま、計算通りだけど。」
オーガニクス「無事かい?ザ・か弱き乙女どもよ!!」
セスタス「アルスマグナさん…オーガニクスさん…。」
アルスマグナとオーガニクスの手には大きめな銃のようなものが握られていた。
本来撃鉄がある部分にレバーがついていて、それを下げると上の蓋が開く。
緑の円盤を入れて、レバーを上に戻したあと、引き金を引くと、緑の円盤が空気を切り裂きながらキノコリオンに向かって飛んで行く。
仕組みを言うと、蓋の裏側にはエメラルドで作られた術式スタンプがあって、それが円盤状に加工された風の魔石に印される。
そして、トリガーを引くと、強浮遊石と化した風の魔石に、ダイヤとルビーを練り込んで作ったピックが当たる構造になっていて、その強力な火の魔力に反発を起こした強浮遊石は、とんでもない速さでスッ飛んで行く。
キノコリオン「ノコー!!痛いノコー!!ほんとはビームなんて出せないノコ!!調子乗ったノコ!!許してノコー!!」
たくさんの切り傷を負ったキノコリオンたちは、走って森へと消えていった。

マスター「君たちに質問があります。」
リディ「はい。」
マスター「なぜ、俺が帰ってくるまで待てなかったのでしょうか。」
オーガニクス「おもしろかったからです」
アルスマグナはオーガニクスの手の甲をつねる。
マスター「なんであれ、リディや他の奴等を危険にさらしていい理由なんて無いだろ?違うか?」
セスタス「ごめんなさいですわ…。」
アルスマグナ「私も調子にのり過ぎたわ。ごめんなさい。」
リディ「ごめんなさい…。」
マスター「あと、この変な銃のようなものなんだけど、没収な。普通に兵器だから、クランベリーさんのところへ持っていく。」
オーガニクス「えぇ~」
マスター「おいっ、俺がどれだけ心配したと思ってるんだ!!今回ばかりはちゃんと反省してくれなくちゃ困る。」
オーガニクス「私の心配もしてくれたのか?」
マスター「あたりまえじゃないか。仲間なんだから。」
オーガニクス「面目無い…。」
マスター「リディ」
リディ「ふえっ!!?」
マスター「お前はお前の出来ることで頑張ればいい。俺だって、俺の出来ることで頑張ってるんだから。」
マスターはリディを抱き寄せる。
マスター「困ってるおばさんを助けてあげたかったんだろ?」
リディ「うん…。」
マスター「なら、なおさら俺に言ってくれなくちゃ困る。リディが怪我なんてしたら、おばさんリディの心配までするからさ。」
リディ「うん……」
マスター「それと、セスタス」
セスタス「は、はいっ」
マスター「リディを止めようとしてくれてたんだろ。ありがとな。」
セスタス「そ、そんな、お礼を言われるような事はしていませんわ。」
マスター「いたずらっ子の魔剣も多いから、俺が居ないとき、止めてくれるか?」
セスタス「とーぜんですわ!!せんせいの命令なら、やってのけますのよ!!」
マスター「それじゃ、魔力補給(メシ)にするか。つかれたろ?」
四人「はーい!!」

おしまい

ジョジョ4部 二次創作 「Rainbow screen Rainbow heart」

「映画を観に行こうよ。」
そう誘ってきたのは、康一だった。
「大丈夫かよ。由花子がカンッカンに怒るとおもうぜ」
康一の身辺事情を知るものなら誰でもする心配を、あえて仗助は口にして投げ掛けた。
「へへ、実はね、進級が決まったから、土日休みを貰ったんだ。…まぁ、由花子さんのことだし、抜き打ちテストをしてくることは予測範囲内だから、夜は自習するんだけどさ。」
康一がどれだけの努力をして休みを勝ち取ったかを、漢、虹村億泰も知っている。
何故なら、彼の最後の助力によって、それをなし得たからである。

───────試験一ヶ月前
「康一くん!!」
康一は、こんなにイキイキ逆立っている由花子の髪を見るのは久しぶりだった。
もちろん、見たくて見たわけではないのは頭の悪い億泰にだって解ることだ。
「ねえねえ、すこし私が目を放したと思えば、こんなにもするするテストの点数って下がるものなの?」
数字が右肩下がりしているテストの束を、由花子は康一の目の前に突きつけた。
怒りで手に力が入っているせいで、半分はくしゃくしゃになって原型をとどめていない。
「いやぁ、点数が下がってしまったのは事実だから謝るけど、ボクはついこないだまで、第一発見者として事件に関わっていたから…。」
「謝るんだったら、言い訳しないでちょうだい!!」
「まぁよぉ、許してやったらどうだ。俺たちだってその事件に関わってこのザマだからよ。」
仗助は恐る恐る、いきり立つ馬をなだめるように割って入った。
とある事件解決のために大ケガをしてしまい、退院はしたものの、まだ松葉杖をついている状態だったため、口も体も慎重にならざるを得なかったのだ。
「それとこれとは関係ないでしょう!!」
しかし、というべきか、やはり、というべきか、火に油を注いでしまったようだ。
「だいたいあんたたちだって進級危ういんでしょ!!?康一くんが心配して勉強に手が着かなくなったら許さないんだからね!!」
仗助は松葉杖を脇に挟んだまま、小さく両手の平を上げた。
「康一、悪ぃがお手上げだ。」
「そ、そんなぁ~」
「まぁ、いいじゃあねぇかよぉ。こんなことで言い争えるってのは、平和になった証拠だぜ?」
億泰は、彼なりに明るく康一を励ました。
しかし、鬼の眼はそんな億泰を睨んだ。
「あ・ん・た・が!! 一番ヤバいんだろうがァ~ッ!!ええ!!?」
「ゥゲェ~ッ」
「康一くん!! 億泰ゥ!! 仗助ェ!! 三人ともこれから図書館漬けよ!! いいわね!!?」
「お、俺もかよ!! 怪我人だぜ、どうやって図書館まで行けってんだよ、おいってば」
去って行く背中が、拒否権がないことを語っていた。

それからというもの、試験前日まで、静かだった図書館にはヒステリックな声が響き渡っていた。
しかし、それでしっかり三人揃って進級させることが出来たのだから、山岸由花子という女の恐ろしさというものは、強さや気迫だけでは無いのだと感じさせられた。
「よかったわ。これで安心よ。」
「やったぁ~ッ!!」
「よっしゃ~ッ!!」
「うっしゃぁ~ッ!!」
その点数に雄叫びをあげた。
特に億泰は三学期の期末試験で補修を受けていた男とは思えない点数で進級を迎えることができた。
「ふふ、康一くんのその顔が見たくて今日まで教えて来たんだからね。」
由花子は一ヶ月前のときの顔が嘘のように、ニコニコご機嫌な様子だ。
康一は彼女のその表情を見るたびに、普通にしていれば美人なのになぁ、と思った。
「そうだ。俺たちもあやかったんだからよぉ、礼をしねぇとな」
億泰はおもむろに7,000円を由花子に渡す。
「…? 」
由花子は、意外な行動に訝しげな表情で首をかしげる
「これで旨いもんでも食えよ。なぁ、康一。」
億泰はわざとらしく康一に笑いかける。
康一は一瞬考えたが、ピンと来たようだ。
(そうか、それで7,000円なのか)
「康一くんがどうかしたの?」
「あの、由花子さん、おすすめのレストランがあるんだけど、どうかな? ちょうどお金も入ったわけだし。進級祝いってことで…。」
康一は照れくさそうに頭を掻きながら、由花子の様子を伺った。
「こ、康一くんの方からデートのお誘いなんて…。あぁ、今日はなんて幸せな日なの… 喜んで行くわ。 一緒にいて恥ずかしくないようにしないと…。」

翌日、億泰が事前に康一に場所を教えておいた、レストラン トラサルディーへ行き、勉強疲れもスッキリサッパリ、由花子もお店と料理気に入って、すっかり幸せ有頂天になり、一石で三鳥も四鳥も落とせるほどデートは成功した。

そんな経緯があって勝ち得た休日なのである。
そのため、途中までしか経過を知らない仗助の心配は杞憂なのだった。
「しかしまぁ、安心して遊べるのはいいとしてよ、なんでまた映画なんだ? 他にも色々あるだろうよ。」
校門に背中を預けながら、億泰は腕を組む。
「いいんじゃねぇの? たまには普段とちげーこともよぉ」
仗助はいつも通り、自慢のヘアースタイルを気にしながら、櫛を求めてポケットを探る。
「一応、理由はあるんだよ。町の外れに小さい映画館があるでしょ。あそこ、もう少ししたらつぶれちゃうんだって。何だかんだで一度もいったことなかったし、つぶれるまえに一度くらい見に行ってもいいかなって。」
「ひとりの杜王町民として、最期を見届けるってことか。」
「そうそう、そゆこと。」
仗助はひとしきりリーゼントに櫛を通したが、イマイチきまらなかったらしく、小さくため息をついて、櫛をポケットに戻した。
「俺は賛成だけど、億泰も行くのか?」
「ったりめぇじゃあねぇか。今更だぜ」
「あんまり乗り気じゃなかったくせに…」
仗助と億泰が康一のあとに付いていく形で、学校をあとにした。

「グレート…マジにありやがったぜ」
「こっちの方はあんまり来ねぇからなぁ。てゆーかこれ営業してんのか?」
「二人とも、失礼すぎるよ。」
杜王町の外れ、再開発途中の時期には盛り上がっていた区域にやって来た。
今はシャッター街になっていて、昔の活気を、ただ冷たい風が吹き流して行くだけの、寂しい場所になってしまっていた。
「あれ?あの子もここ目当てに来たのかな。」
はす向かいの建物の前にいる少女を指差す。
「そうみたいだな、こっちへ来てる」
仗助はそう返しながら、他に誰かいないか、なんとなく回りを見渡した。
「…って」
「あっ、あぶねぇッ!!」
億泰がそう叫んだときには、その行動は終了していた。
状況を説明すると、こうだ。
仗助は向こうからやって来る車に気づいた。
それに準じて億泰も気づいた。
だが、はす向かいから道路を横断してやって来る少女は気づいていないようだった。
億泰は、叫ぶと同時に、"ザ・ハンド"で空間を削り取って、少女が車にひかれないように引き寄せたのだ。
急ブレーキのけたたましい音が、静かな街角に反響する。
「だ、大丈夫?」
「怪我はねぇか?」
「見たところ…平気そうだな。万が一のことがあっても、即死にはならなかったろうけどよ。」
少女は、突然引き寄せられたことに驚いたのか、それとも不良に囲まれていることに怖がっているのか、おどおどとした様子だった。
車の運転手はというと、「誰だ?うるせぇな」と、すこしキョロキョロして、すぐに走り去ってしまった。
「あの野郎逃げやがるぜ」
「べつに事故った訳じゃねぇんだから、普通あーだろ。」
「ところでキミ、いきなり車道を渡ったりしたら危ないじゃないか。ここらは交通量も少ないし、横断歩道も少ないからそうしたい気持ちはわかるけどさ。」
「ご、ごめんなさい。迷惑をかけました。」
少女は頭を下げた。
そこで、三人は改めて少女の姿を見た。
大きな麦わら帽子が特徴的だが、対照的に体はか細く、紙粘土で出来た胴体にストローの腕や脚を刺したような、色白で弱々しい体躯だった。
日本人形を思わせる髪は黒くて長く、さらさらとして繊細な美しいカーテンを作っている。
そして、起伏の少ない胸元を大胆に見せたワンピースは、透明な水に、無数で多彩な色をした水彩絵の具をランダムに優しく注ぎ込んだような、カラフルで鮮やかな景色だが、柔らかい色合いをしていて決して派手ではない。
底の高いサンダルは、まだまだ先の夏を思わせる爽やかさを醸し出している。
「心配してくださって、ありがとうございます。」
彼女自身の不注意とはいえ、こんなか弱い相手を責め立てることもできず、運転手含め全員が無事であることで納得することにした。
「…気ィつけろよ、別に死にたくて歩いてた訳じゃねーんだろ」
「は、はい。」
少女はもう一度頭を下げ、映画館へ入っていった。
「なんか、色白すぎて幽霊みてーだな…チコッと背筋が凍ったぜ。」
「もう、仗助くんったら失礼すぎるってば」
「…。」
億泰は黙って少女を目でおっていた。
「…億泰?」
「どうしたの? 億泰くん」
ボーッとしていた億泰は、ハッと我に帰って振り返った。
「すまねぇ、いや、なんでもねぇんだ。行こう」
「変な億泰くん」
わらわらと三人は映画館へと入ってゆく。
だが、この虹村億泰、あの少女に一目惚れしてしまっていたのだ。

「ほら、ここ。」
康一は錆びた券売機へと案内する。
券売機は多少錆び付いてはいるものの、造りがシンプルなために、余裕で現役だった。
「ふーん、自動なんだな。
まー、こんなところで働いてるやつもいねーだろうしよ。」
「ほへーっ、まだ動くことにビックリだぜ~」
「動かなきゃ営業できないでしょ。」
手順をちらちらと確認しながら、お金を入れてボタンを押してゆく。
「自動なせいで大人と子供の区分がねぇのか。こりゃ客に厳しいってもんだぜ。」

人数分のチケットを買って劇場に向かうと、入り口は改札のようになっていた。
店の外から見て、入り口は左、出口は右についていた。
「なるほど、抱えられる程度の子供ならタダに出来るって訳か。」
ガッシャン、ガッシャンと、静かであるべき映画館にあるまじき音をたてて改札は開閉する。
眼下に広がる劇場は、スクリーンに反射する光がほの暗く包んでいる。
生ぬるい空気にホコリが舞っていて、ふるいシートの匂いが、不思議な安心感を与えてくる。
あまり広くはない劇場だったが、観客は仗助、億泰、康一と、さっきの少女だけだったので、心なしか大きい劇場に思えた。
「あ、みなさん、通りがかりではなくて、観に来てくださっていたのですね。」
麦わら帽子を脱ぎながら、優しく病弱な声が三人を呼んだ。
「うん、そうなんだ。」
少女はどこか嬉しそうだった。
「よければ、みんなで並んで観ませんか?」
少女は、自らが座っているシート左どなりのシートをぽんぽんと叩く。
「そうだね、その方がきっと楽しいよ」
少女の隣に康一、仗助、億泰の順番で座った。
「これ、上映も自動なのか?」
仗助は康一の頭の横から身を乗り出した。
「ええ、そうです。上映時間になれば、対応したフィルムが再生されるようになっているんです。」
「え、じゃあ、それってさぁ、居座り続ければ閉店時間まで見放題ってこと?」
「そうですよ。好景気に乗じて急ごしらえで建てられたものだから、色々と雑なのよ。」
淡々と説明しつつも、どこかその表情は寂しそうだった。
「詳しいみたいだけどよ、ここ、よく来るのか?」
億泰は立ち上がって、背もたれに肘をおいて、顔が見えるようにした。
「ええ、まだ、この場所が活気に溢れていた頃から」
「再開発が始まった頃からってことか」
「はい。最初は母に抱えられてたまに来ていた程度でしたけど、券売機のボタンへ手が届くようになった頃からはずっと来ています。」
「思い出の場所なんだね。」
「はい。」
もうもうとふるホコリが、上映機の強い光に照されてちらちらと光っている。
ふと、その顔は、故郷を見るような目で、まだ上映が始まっていないスクリーンの方へ向く。
「昔は、この劇場に、いや、この娯楽街に、土木関係の人やその家族、そして、再開発に携わったお偉いさんがたが来ていたので、人も多く、よく可愛がってもらったものです。」
「だけど、仕事が終わりゃあ働く人は流れていっちまったッつーことか。」
少女は頷いた。
「でも、人がいなくなっても、私はこの映画館が好きなんです。だから、最後まで観ていたくて…。」
「大事なお別れに水を差しちまったか?」
億泰は気まずそうにするが、少女は首を横に降った。
「人が多い方が楽しいです。あの頃に戻ったみたいで。」
三人は和やかな顔になる。
「ところでよ、おめぇ、見ねぇ顔だけどよ~、どこ校だ? 俺たちは、ぶどうが丘…」
億泰が出身について話を始めると、大きなブザーの音が鳴り響いた。
「始まりますよ。」
「億泰くん、座って」
「おっ、おう」

上映されたフィルムはやはり古いものだった。
内容は、猫とネズミが仲良く喧嘩する、コミカルなアニメ映画だった。
彼らしかいないはずなのに、なぜか騒いではいけないような気がして、面白くて吹き出しそうになるのを、みんなそろって堪えていた。

「いやー、面白かったな」
「ああいうのって、時代を越えて面白いよね。」
「なんつーのかなー、声がなくてもよぉ、表情や体の動きが台詞なんだよなぁ~。何を考えてるとか、何がしてぇとか、そういった表現が、文字や声を使わずにきめ細やかに描写されててよ、素直にすげぇって思えるぜ。そして、BGMにもセンスがあふれているよな。単なるクラシックアレンジじゃあない。もとの曲へのリスペクトも感じさせつつも、世界観を損なわない。いや~~、映画館ってのは、ビデオテープで見るよりも作り込みが迫真に伝わってきていいぜ」
「億泰…相変わらず褒める時だけは饒舌だよな~」
「勉強でもそれくらい頭が回ればいいのにね」
「へいへい、馬鹿で悪かったよ」
その愉快なやりとりを、少女は微笑みながら眺めていた。
「ボクたちは帰るけど、キミはまだ観ているの?」
「はい。また来てくださいね。」
席をたつ三人に向かって小さく手をふる。
「潰れちまうまえに暇があったらなー」
仗助は軽く手を振り返す。
「…。」
そのあいだ億泰は、あまりにも無垢な少女の姿に見とれていた。

「億泰くん!!」
「ハッ!!?」
いつもの三人でコンビニ前にたむろしていたが、上の空だった億泰の肩を、康一は軽く叩いた。
「どうしちまったんだよ、ボーッとしてよー」
仗助は、コンビニの新発売のジュースを不味そうに飲みながら、億泰の顔をうかがった。
「いや、それがよ~、なんつ~かよぉ~」
億泰は、歩いている蟻を数えているような、虚ろな顔をしていた。
「なんだよハッキリしねぇなぁ」
「まさか、学校で気がかりなことが起きたの? 」
「新手のスタンド使いかッ!!? 」
「ダァ、ちげぇよダボが!! 」
勝手に盛り上がる二人を大声で制止する。
「じゃあどうしたんだよ…まっず。あげるぜ康一」
「いらないよ~、自分で飲みなよ」
「じゃあ、億泰、景気付けに」
「お?おう。」
相変わらず心ここにあらずな億泰は、なんのためらいもなくそれを受けとり、口をつける。
「ゲェー、マジで飲みやがったぜ」
「ッ!!? ブヘェー!!」
「こっち向いて吹き出すなよ、汚ねぇな~」
ボトルには、"なんでもかんでもフルーツミックス練乳納豆ソーダ水"と書かれていた。
「飲めるかこんなもん!!」
「お、目ェ覚めたか?」
「あ? おう。」
億泰は特にそれ以上は言わずに、まずこれが先、とボトルを突き返した。
仗助は渋々それを受けとる。
「本当にどうしたの億泰くん。様子が変だよ」
「あぁ、実は」
笑うなよ? と言わんばかりの目配せをして言った。
「俺、昨日の映画館にいた女の子のこと、ずっと頭から離れなくて…。」
「お? お? それで? 」
いたずら心で食いつく仗助。
少女、とはいいつつも、年はそれほど離れているわけではない。少なくとも、見た目では。
「たしかに美人だったし、仕方ないよね」
と、納得されるレベルであった。
「だからよ、俺、決めたぜ。あの映画館が潰れるまで、あそこに通うよ。」
「おお~ッ!! 頑張れよっ!!」
仗助は満面の笑みで億泰の肩をどつく。
勢いで、億泰は後ろに倒れそうになった。
「そんなお金あるの?」
「親父が不当に稼いだ金がある。いままで触るのもためらってたけどよ、いつまでも持っているのも気持ち悪ィからよ。この際に使いきっちまおうかと思って」
仗助と康一は複雑な面持ちで顔を見合わせる。
「さっさと使いきりたいからよ、お前らも来るか? 」
顔を見合わせていた二人はちょっと驚くと、いやいや、と苦笑いした。
「いやぁ、そいうのって、お金の話とは別に、一人でいくもんなんじゃないかなぁ」
「つーか、俺たちも暇じゃあねぇからよ。康一は特にな。」
「そ、そうか…。」
億泰は、うーんと唸りながら立ち上がる。
「あぁ、駄目だ。手をこまねいていたら不安に押し潰されちまう。今すぐいかなくちゃあな」
「そのいきだよ、億泰くん。頑張って!!」
「おう、おうともさ!!」
億泰は声援に背中を押され、せかせかとコンビニのまえから立ち去っていった。
「さて、ボクはこれから図書館だ。」
「おー、頑張れよ。俺は家の掃除をしねぇとなぁ。そろそろ怒こられちまう。」
残った二人も散り、本日のたむろは終了した。

「よく考えると、今日も来てくれるとは限らねぇな…そもそもいつ閉館なんだ?」
毎日行くと決めたものの、いろいろ大切なことを確認していなかった。
細かいことを考えると頭がいたくなってくるし、考えるよりも先に体が動くタイプなので、それが不安を煽る要因になってしまった。
しかも、映画館は外れにあるため、決して近いものではなかった。
今更ながら、バイクでも買えばよかったかと思ったが、やはり手元に残らない形で、あのお金を使いきりたいと思い、しがなく足を進めた。
「映画館に近づいてくりゃすぐにわかる。なんたってここあたりだけ風が冷てぇからなぁ」
億泰が映画館の看板が見えるほどに近づくと、昨日の少女が入っていくのが小さく見えた。
「お、おお、なんか、ドキドキしちまうぜ」
高鳴る心臓を右手でおさえ、深呼吸する。
「俺は映画を見に来ただけ…あとはぼちぼち」
自分でもおかしな誤魔化し方をしていることは解りつつ、なんとか胸の鼓動を落ち着かせた。
入り口はガラス扉なので、それを鏡がわりに髪型を整える。
「なんか仗助みてぇだな」
そうしているうちに、自然と心は穏やかになっていった。
「やっぱすげぇな仗助、いっつも髪いじってんのはこういうことなのかもなぁ」
昨日と同じようにチケットを買い、改札を抜ける。
すると、先に席についていた少女が、その改札の大きな音に気づいて立ち上がり、こちらを見た。
驚いた表情をしていたが、こちらの顔を見るなり、輝くような笑顔を向けてくれた。
「また来てくれたんですね。嬉しい…。」
「へっへへ、いや、どうも…」
照れ臭くなってぎこちない挨拶を返してしてしまう。
「さあさあ、こちらへ」
誘われるがまま、億泰は彼女の隣に座る。
どうやら少女は、昨日と同じ席に座っているようで、今はそこが彼女の永久指定席になっているようだ。
「この建物の最期を見届けてくれる人が増えるなんて…きっとこの映画館も、シャッターを下ろした他のお店さえも喜んでいますよ。」
「そ、そうか、そりゃよかったぜ」
親子ほどの体格差があるにも関わらず、億泰は萎縮しっぱなしだった。
「そんなに固くならなくていいですよ。お葬式って訳じゃあないんですから」
「へへ、すまねぇ」
そのあと、上映開始まで、互いに身の上話をした。

「私はヤエ、ウツミ ヤエって言うんです」

「なんだ、たったひとつ後輩なのかよ」

「家族を亡くされているなんて…お気の毒に」

「ほへーっ、おめー金持ちなんだなー」

「また今度、昨日一緒に来てくださったお友達とも会いたいわ」

………
あっという間に楽しい時間は過ぎ、ブザーが鳴った。
浮気な音楽と共に、映画が始まる。
その日の映画は、コメディアンコンビの友情活劇だった。
互いに意見が食い違ったり、思い違いで喧嘩をしたり、ぶつかり合って突き放してしまったり、それでも最後はお互いの大切さを知って、やはり二人だからコンビなんだね、というベタなものだった。
「うおー、どんどん泣けるぜー」
「虹村さん、しずかに」
「おぉ、わりぃ」
感受性豊かな億泰は、二流ともとれるこの映画にドバドバ涙を流した。
「ほら、ハンカチ、鼻水まで出ていますよ」
「グスッ、あ、ありがとう、助かるぜ」
黄色い文字でY.Uと刺繍の入った白いハンカチを渡してきた。
億泰はこの時やっと、彼女がバッグを持っていることに気づいた。
(あれ? 入るときバッグなんかもってたけっか? )
そう思いつつも、素直にハンカチで涙を拭き取る。
「こんど、洗濯して返すよ」
「いえ、差し上げますよ。出会えた記念です」
「も、申し訳ねぇよぉ~」
「好意というものは受け取っておくものですよ」
もはやたじたじになってしまい、億泰は言われるがままだった。
それに、こう言った小さなイベントも、デートらしくて悪くないと思って、嬉しくなってしまっていた。
「ほら、まだ映画は終わってませんから」
「おっ、そうだな」
結局億泰はラストシーンでも大泣きして、彼女に注意されてしまった。
だが、そんなヤエはどこか楽しげだった。

「じゃあな、ヤエ」
「さよなら、虹村さん。また会いましょう。」
昨日と同じように、ヤエは残り、先に出て行く億泰に向かって小さく手を振った。
(もっと会えば、もっともっと仲良くなれるかな)
億泰はびしょびしょのハンカチを握りしめ、ご機嫌で家に帰った。

「あら、明日はアラレがふるわ」
「んだよかあさん、人がちゃんとやるべきことをこなしてるってのによぉ~~」
「馬鹿ね、労ってんの」
仗助は一通り掃除を終えて、夕食を待っていた。
台所からは「ジュー」と、空腹を掻き立てる、よい音色が聞こえてくる。
「おお!!この匂いはハンバーグ!!ハンバーグじゃあねえか!!」
思わず席をたってフライパンを覗きこむ仗助。
「そうよ~。楽しみにしてなさ~い」
再び座ると、ふと億泰のことが頭をよぎった。
「そ~いや~よぉ」
「なーにー?」
ご機嫌にハンバーグ裏返す。
「町外れによ、映画館を見つけたんだけどよ、あれ、潰れちまうんだってな」
「そうね~取り壊されるらしいわね」
「寂しいよな、せっかく見つけたのに」
「ま、お客さんいなかったみたいだし、場所も悪いし、仕方ないでしょ」
会話する流れで、ハンバーグを皿に盛り付ける。
「添えた野菜、よけるんじゃないわよ」
「わかってるって」
「「いただきまーす」」
仗助とその母、朋子は手を合わせて、出来上がった夕食にありつく。
だが、ハンバーグを切った仗助は浮かない顔をした。
「おい、これ、あげるの早かったんじゃねえか? 」
「あら、ほんとだわ」
仗助のハンバーグのなかはうっすら赤く、半生だった。
朋子は盛り付けてある皿ごと取り上げ、キッチンに戻した。
「焼き足しておくから、もうちょっとまってて」
ガスコンロに再び火が点る。
「見てくれは普通なのに、中身は違う…か。」

次の日の放課後も、コンビニの前に三人は集まった。
億泰はご機嫌に、昨日の出来事を自慢げに語った。
「やったね億泰くん!! いいことしかなかったじゃあないか!!」
康一は嬉々としてその話を聞いていたが、仗助の表情は正反対のものだった。
「あれ、今日は仗助くんが浮かないかおだね」
「なんだよ嫉妬かよぉ~」
「…。」
仗助はいたって真面目な顔で、黙っていた。
「な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
仗助は已然として閉ざしていた口を開いた。
「億泰があんまりにも嬉しそうだったから、気の毒で言い出しにくくてよ」
「えっ」
億泰は虚ろを突かれた顔になる。
「あの映画館、営業はとっくのとおに終わってんだよ。あとは取り壊されるのを待ってるらしいぜ。俺たちも一昨日見に行ったから、にわかに信じがたいけどな」
「嘘だろ仗助…」
そうはいいつつも億泰は解っていた。
今の仗助は、決して冗談をいったり嘘をついたりしている顔ではないのだ。
「なにか悪いもんだったら困るからよ、今日は俺もついていくぜ。」
「わ、わかった」
「とにかく億泰、お前が無事で本当によかったぜ。
康一はどうする?」
いきなりふられて、康一は困惑する。
「ちょ、ちょっとまってね。由花子さんに連絡いれるから。」

話は昨日にさかのぼる。
ハンバーグ(と野菜)を美味しく平らげた仗助は、先ほどの会話が引っ掛かっていた。
(俺、取り壊されるなんて一言も言ってねぇのにな…。回覧板にでも載ってたのか?
いや、そのまえに、行った覚えもないのに、言葉が過去形だったな…。一人で行ってたのか?)
食器を下げるときに顔があったので、直接聞くことにした。
「なぁ、かあさん」
「ん?」
「さっきの映画館のことだけどよ、まだ営業はしてるよな」
昨日行ったんだからまだやってるだろ、アホらしい。
仗助はそう思っていたのだが、帰ってきた言葉は違うものだった。
「なにいってんの、3年も前に廃業してるわよ。
最近、取り壊しの日程が決まったみたいなのよね。
お金持ちの奥様がたの間でちょっとした話題みたいよ」
「本当か?」
「ええ」
「そう…か。」
仗助は嫌な予感がして落ち着かなくなったので、気持ちを整理するために、皿洗いを手伝った。
「あら、珍しい」
朋子は仗助が積極的なのが嬉しいのか、小気味良く鼻歌を歌い始める。
(康一は閉店日と解体日を間違って知ったのか。
まーそれはいいとして、問題は、億泰がひどい目にあってなきゃいいってことだな)
皿をきれいに乾拭きし、乾燥棚にならべた。

なんとか由花子を説得し、三人で映画館に訪れた。
映画館の前には丁度、ヤエが来ていたところだった。
「あ、みなさん」
「よぉ、ヤエ」
「こんにちは」
「おっす」
ヤエは、いつも通り、なんのためらいもなく映画館へ入って行く。
しかし、仗助だけは落ち着きなくキョロキョロと回りを見ている。
「ちゃんと営業してるじゃあねえかよ~」
「あぁ、今のところは、な」
三人も、続いて入る。
チケットを買い、改札を抜け、並んで座った。
「なぁ、ヤエ、ここっていつ閉館になんだ?」
仗助は藪から棒に聞き出す。
「さあ…その予定があると人づてに聞いただけですから。」
「じゃあ、まだ、売り上げに貢献すれば閉館が取り下げられる希望もあるかもしれないね」
あまりにも唐突な仗助の言及をフォローする康一。
「いえ、それはあり得ないでしょう。」
「だよなー。この建物が取り壊されんのが決まってんのによ。続くったら移転するしかねぇし、そんな映画館にできるような建物なんてこの辺に無いしな。」
「ちょっと仗助くん!!」
仗助はおもむろに"クレイジーダイヤモンド"の拳をヤエの目の前すれすれに突き出す。
康一は思わず両目を覆う。
だが、寸止めされたその拳は、ヤエには見えていないようだった。
「なっ、なにしてんだよ仗助、ビックリするじゃあねぇか」
ヒヤヒヤさせられて、億泰はいきりたつ。
「取り壊されるっ…て、何の話です?」
「いやぁ、多分仗助くんの勘違いだよ…ハハ」
あまりにも突拍子もないやり方だったので、必死で取り繕う。
(この少女はスタンド使いじゃあないのか…)
まいったな…と考えていると、康一は自身の持つスタンド、"エコーズ"を介して、
『ひどいじゃないか!! もっとやり方はあったでしょ!!』
と、声を荒げた。
億泰はそれに同調して大きく頷く。
仗助も、わりーわりー、とジェスチャーする。
「あ、そろそろ始まりますよ」
ブザーが鳴る。
なんだかんだ、ブザーの音を聴くと、場の空気に合わせて席についてしまう。
『とりあえず、何かしてくるわけでもないんだし、見ようよ』
仗助と億泰は小さく頷いた。

映画は今まで通り、普通に上映された。
内容は、大学を卒業して上京しようとする青年が、地元の人々の様々な感情に触れる人間ドラマだった。
最初は誰にも知らせずに行こうとしていたのだが、準備をしているうちに仲間にばれてしまう。
仲間たちは寂しいよなと言いながらも、背中を押してくれた。
だけど、親には言いにくかった。
親には地元を出ることを反対されていたからだ。
しかし、親は主人公の心が外の世界へ向いていることに、既に気づいていたのだ。
互いに素直に言い出すことができずに、春は訪れる。
上京する当日、彼は「いってきます」を言わなかった。
帰るつもりの無い家に、きますとは言わなかった。
親しくしてきた仲間たちに別れを告げ、空港へ向かう。
すると、驚くことに、両親は空港へ先回りしていたのだ。
父親はこう言った。
「帰らないことは別に構わない。一人立ちはいずれするものだからな。だが、"心に故郷を持て"。いつでも思い出して、安心できる思い出を持て。」
その言葉を受け、青年は両親にしっかり別れを告げ、
「いってきます」
と、言った。

億泰は相変わらず大粒の涙で頬を濡らしていた。
「ふふ、虹村さんったら」
「いいなぁ~、やっぱり映画っつー世界観はは素敵だぜ~」
「素直に感動してる場合かよ…」
「まって仗助くん」
「?」
康一は再び発声手段を"エコーズ"に切り替える。
『今の映画のなかに、何かヒントがあったんじゃないかな』
「…どーみたって普通の映画だったろーよ~」
『そっか…そうだよね』
康一の表情が落ち込むのに合わせて、"エコーズ"もしょぼんとうなだれる。
「真面目に映画見てたらいい時間になっちまったしよ、今日は一端引き上げるか。」
仗助は髪についたホコリを気にしながら立ち上がる。
「俺は明日もくるぜ、仗助たちはどうすんだよ」
続いて億泰と康一も立ち上がり、のびをする。
「ボクはちょっと無理かな」
三人は出口に向かってある気だす。
億泰はいつものように手を振り替えそうと後ろを振り返ると、今日はヤエも出口に向かってきていた。
「今日は帰るのか?」
「ええ、今日は帰らなくてはいけないので」
「まぁ、親が金持ちだと色々あるんだろーなー」
出口は、回転扉が半円だけ壁に埋まったようになっており、逆回転しないような仕組みになっている。
三人はあくびを噛み殺しながら、回転扉をぐるぐる回して映画館を出た。
外に出るなり、億泰は外の空気を胸一杯に吸い込んだ。
そのあと、ヤエに別れの挨拶をしようと後ろを振り返ったが、その姿は何処にも見当たらなかった。
「あれ?ヤエちゃんはどこにいったんだよぉ」
「そういえば入り口ロビー辺りから見てないね」
「やっぱ、怪しいな」
億泰はふとガラス扉に映る自分の姿を見た。
すると、ある変化に気付いた。
「あっ、ボタンがひとつ取れてらぁ」
「ほんとだぜ、そら、今直してやっからよ」
「いや、まてまて、ボタンは回転扉をくぐれねぇよ」
「おっと、そうだったな。」
「じゃあ、取りに戻らないとね」
康一は、ノブに手をかける。
「…あれ?」
しかし、開くことはなかった。
「おかしいな~」
ガチャガチャと引いたり押したりしてみるが、鍵がかかっているようで、開かなかった。
「なるほどな」
仗助は髪に櫛を通しながら頷く。
「な、なにがだよ」
「つまるところ、今の状態が、本来あるべきこの映画館の姿っつーことだよ」
今日は髪型がうまく整ったようで、ふっと笑いをこぼした。
「"クレイジーダイヤモンド"!!」
バリーン!! と激しい音をたてて、ガラス扉は木っ端微塵になる。
「ちょっくら確かめてみようぜ。億泰の制服のボタンついでによ~」

再び中に入ると、さっきまでの清潔感が嘘のようにホコリが積もっており、券売機もうんともすんとも言わなくなっていた。
『ドラァッ!!』
改札も開かないので(あとで直せばいいので)壊してしまった。
「よく考えたら、改札がわから誘導すりゃあボタン回収できたな」
そんな事を言いながら劇場に入ると、そこにはさっきまでの落ち着く空気など存在せず、湿ったカビと、枯れた植物の臭いが立ち込めていた。
億泰と康一は思わず咳き込んでしまった。
何故、植物の臭いなんかと思ったが、その正体を発見して納得した。
座席ひとつひとつに、枯れた花束がおかれていたのだ。
「常連さんに惜しまれつつ閉館したんだね…」
「あー、そうだな…って億泰?」
億泰はたまらずヤエの座っていた席に向かっていた。
その手前に落ちていたボタンを拾い上げ、目的の席においてあった花束を見た。
花束には、メッセージカードが添えられていた。
『もっと多くの人が素敵な映画に出会えますように 社王劇場よ永遠に 映身 矢画』
そのカードに、滴がこぼれてゆく。
「出会えたさ、おめぇのおかげでよ~~」

"クレイジーダイヤモンド"の拳がガラス片にチョンと触れると、複雑怪奇なガラスのパズルはあっという間に出来上がり、最初からなにも起こらなかった風になった。
「今日の映画はきっと、ボクたちへの別れのメッセージだったんだね」
夕日が沈んでしまって、凍えるようなひどく冷たい風に身を震わせながら呟いた。
「ってことは、壊されるのは明日からってことなんだろうな。」
仗助は歩き出す。
「俺たちのなかで守ってやろうぜ、"心の故郷"ってのをよ」
「うん、忘れないでいてあげよう。」
仗助の後をおって、二人も歩き出す。
「別れを言わなくてもいいの?億泰くん」
だまって直ったボタンをいじっている億泰が気にかかり、声をかけてみた。
「別れは明日だぜ。あいつはまだここにいる」

翌日、放課後に、億泰はたむろもせずに映画館を訪れた。
映画館の回りには、骨組みを積んだトラックや、作業着の男性が点々としていた。
「今日でお別れだな、矢画」
取り壊しの業者が準備を進めているのを、遠巻きに見守っていた。
すると、場違いなハイヒールの音が近づいてきた。
「あら、キミもここに思い入れがあるの?」
黒いポニーテールが美しい、スーツの女性だった。
「おう」
億泰は無愛想にそう返した。
「私もね、学生時代にずっと通ってたんだけど、高校一年の時につぶれちゃって…。
ばあちゃんの死に目には会えなかったのに、思い出の場所の命日には間に合うなんて、親不孝な話よね。」
「家族が死ぬとこを見んのも、なかなかに辛ぇけどな」
兄が殺されたときの事がまぶたの裏によぎった。
思い出の場所を失うときも、きっとこれくらい悲しいのだろうか。
少ない頭で考えていると、女性は突然慌て始めた。
「いけない!!仕事で来てるんだったわ。思い出にひたってる場合じゃあないわね。それじゃあね、少年」
女性は去り際に小さく手を振った。
その仕草が、億泰の記憶を刺激した。
「まってくれ…まってください!!」
「?」
「こ、これ」
億泰はハンカチを取り出した。
「あ、これ…無くしたと思ってたのに…どこで見つけたの?」
「い、いや、えと、映画館前に落ちてた…落ちてました」
「ありがとう、優しいのね」
女性はそれだけ言うと、そそくさとその場を去っていった
億泰は、ただそれを見送っていた。

「そうか、残念だったな…そういう日もあるさ」
日を改めて、放課後、いつものたむろに戻っていた。
「落ち込んじゃいねぇよ」
と、強がってはいるが、内心ショックは大きいだろう。
去り際に振った彼女の左手薬指には、キラリと光る幸福の先客が居たのだ。
「またイチからやりなおすよ」
「そうだ、それでこそ、漢、虹村億泰だぜ」
仗助は億泰の肩をぽんぽんと叩く。
「ところでよぉ、康一はなんで俺より落ち込んでんだよ~~」
ずっとうつむいていた康一が、恐る恐る頭を上げる。
「だって…抜き打ちテストのヤマをはずしちゃって、また由花子さんのご機嫌を損ねちゃったんだよ~ッ!!」
「なんだ、いつものかよ」
「いつものって言わないでよぉ~ッ!!助けて仗助くん!!」
「やれやれ」

これは、億泰にとって、いくつになっても忘れられない、甘酸っぱい春の思い出…。