DAI-SONの二次創作

二次創作の短編小説を載せていきたいと思います。

ジョジョ4部 二次創作 「Rainbow screen Rainbow heart」

「映画を観に行こうよ。」
そう誘ってきたのは、康一だった。
「大丈夫かよ。由花子がカンッカンに怒るとおもうぜ」
康一の身辺事情を知るものなら誰でもする心配を、あえて仗助は口にして投げ掛けた。
「へへ、実はね、進級が決まったから、土日休みを貰ったんだ。…まぁ、由花子さんのことだし、抜き打ちテストをしてくることは予測範囲内だから、夜は自習するんだけどさ。」
康一がどれだけの努力をして休みを勝ち取ったかを、漢、虹村億泰も知っている。
何故なら、彼の最後の助力によって、それをなし得たからである。

───────試験一ヶ月前
「康一くん!!」
康一は、こんなにイキイキ逆立っている由花子の髪を見るのは久しぶりだった。
もちろん、見たくて見たわけではないのは頭の悪い億泰にだって解ることだ。
「ねえねえ、すこし私が目を放したと思えば、こんなにもするするテストの点数って下がるものなの?」
数字が右肩下がりしているテストの束を、由花子は康一の目の前に突きつけた。
怒りで手に力が入っているせいで、半分はくしゃくしゃになって原型をとどめていない。
「いやぁ、点数が下がってしまったのは事実だから謝るけど、ボクはついこないだまで、第一発見者として事件に関わっていたから…。」
「謝るんだったら、言い訳しないでちょうだい!!」
「まぁよぉ、許してやったらどうだ。俺たちだってその事件に関わってこのザマだからよ。」
仗助は恐る恐る、いきり立つ馬をなだめるように割って入った。
とある事件解決のために大ケガをしてしまい、退院はしたものの、まだ松葉杖をついている状態だったため、口も体も慎重にならざるを得なかったのだ。
「それとこれとは関係ないでしょう!!」
しかし、というべきか、やはり、というべきか、火に油を注いでしまったようだ。
「だいたいあんたたちだって進級危ういんでしょ!!?康一くんが心配して勉強に手が着かなくなったら許さないんだからね!!」
仗助は松葉杖を脇に挟んだまま、小さく両手の平を上げた。
「康一、悪ぃがお手上げだ。」
「そ、そんなぁ~」
「まぁ、いいじゃあねぇかよぉ。こんなことで言い争えるってのは、平和になった証拠だぜ?」
億泰は、彼なりに明るく康一を励ました。
しかし、鬼の眼はそんな億泰を睨んだ。
「あ・ん・た・が!! 一番ヤバいんだろうがァ~ッ!!ええ!!?」
「ゥゲェ~ッ」
「康一くん!! 億泰ゥ!! 仗助ェ!! 三人ともこれから図書館漬けよ!! いいわね!!?」
「お、俺もかよ!! 怪我人だぜ、どうやって図書館まで行けってんだよ、おいってば」
去って行く背中が、拒否権がないことを語っていた。

それからというもの、試験前日まで、静かだった図書館にはヒステリックな声が響き渡っていた。
しかし、それでしっかり三人揃って進級させることが出来たのだから、山岸由花子という女の恐ろしさというものは、強さや気迫だけでは無いのだと感じさせられた。
「よかったわ。これで安心よ。」
「やったぁ~ッ!!」
「よっしゃ~ッ!!」
「うっしゃぁ~ッ!!」
その点数に雄叫びをあげた。
特に億泰は三学期の期末試験で補修を受けていた男とは思えない点数で進級を迎えることができた。
「ふふ、康一くんのその顔が見たくて今日まで教えて来たんだからね。」
由花子は一ヶ月前のときの顔が嘘のように、ニコニコご機嫌な様子だ。
康一は彼女のその表情を見るたびに、普通にしていれば美人なのになぁ、と思った。
「そうだ。俺たちもあやかったんだからよぉ、礼をしねぇとな」
億泰はおもむろに7,000円を由花子に渡す。
「…? 」
由花子は、意外な行動に訝しげな表情で首をかしげる
「これで旨いもんでも食えよ。なぁ、康一。」
億泰はわざとらしく康一に笑いかける。
康一は一瞬考えたが、ピンと来たようだ。
(そうか、それで7,000円なのか)
「康一くんがどうかしたの?」
「あの、由花子さん、おすすめのレストランがあるんだけど、どうかな? ちょうどお金も入ったわけだし。進級祝いってことで…。」
康一は照れくさそうに頭を掻きながら、由花子の様子を伺った。
「こ、康一くんの方からデートのお誘いなんて…。あぁ、今日はなんて幸せな日なの… 喜んで行くわ。 一緒にいて恥ずかしくないようにしないと…。」

翌日、億泰が事前に康一に場所を教えておいた、レストラン トラサルディーへ行き、勉強疲れもスッキリサッパリ、由花子もお店と料理気に入って、すっかり幸せ有頂天になり、一石で三鳥も四鳥も落とせるほどデートは成功した。

そんな経緯があって勝ち得た休日なのである。
そのため、途中までしか経過を知らない仗助の心配は杞憂なのだった。
「しかしまぁ、安心して遊べるのはいいとしてよ、なんでまた映画なんだ? 他にも色々あるだろうよ。」
校門に背中を預けながら、億泰は腕を組む。
「いいんじゃねぇの? たまには普段とちげーこともよぉ」
仗助はいつも通り、自慢のヘアースタイルを気にしながら、櫛を求めてポケットを探る。
「一応、理由はあるんだよ。町の外れに小さい映画館があるでしょ。あそこ、もう少ししたらつぶれちゃうんだって。何だかんだで一度もいったことなかったし、つぶれるまえに一度くらい見に行ってもいいかなって。」
「ひとりの杜王町民として、最期を見届けるってことか。」
「そうそう、そゆこと。」
仗助はひとしきりリーゼントに櫛を通したが、イマイチきまらなかったらしく、小さくため息をついて、櫛をポケットに戻した。
「俺は賛成だけど、億泰も行くのか?」
「ったりめぇじゃあねぇか。今更だぜ」
「あんまり乗り気じゃなかったくせに…」
仗助と億泰が康一のあとに付いていく形で、学校をあとにした。

「グレート…マジにありやがったぜ」
「こっちの方はあんまり来ねぇからなぁ。てゆーかこれ営業してんのか?」
「二人とも、失礼すぎるよ。」
杜王町の外れ、再開発途中の時期には盛り上がっていた区域にやって来た。
今はシャッター街になっていて、昔の活気を、ただ冷たい風が吹き流して行くだけの、寂しい場所になってしまっていた。
「あれ?あの子もここ目当てに来たのかな。」
はす向かいの建物の前にいる少女を指差す。
「そうみたいだな、こっちへ来てる」
仗助はそう返しながら、他に誰かいないか、なんとなく回りを見渡した。
「…って」
「あっ、あぶねぇッ!!」
億泰がそう叫んだときには、その行動は終了していた。
状況を説明すると、こうだ。
仗助は向こうからやって来る車に気づいた。
それに準じて億泰も気づいた。
だが、はす向かいから道路を横断してやって来る少女は気づいていないようだった。
億泰は、叫ぶと同時に、"ザ・ハンド"で空間を削り取って、少女が車にひかれないように引き寄せたのだ。
急ブレーキのけたたましい音が、静かな街角に反響する。
「だ、大丈夫?」
「怪我はねぇか?」
「見たところ…平気そうだな。万が一のことがあっても、即死にはならなかったろうけどよ。」
少女は、突然引き寄せられたことに驚いたのか、それとも不良に囲まれていることに怖がっているのか、おどおどとした様子だった。
車の運転手はというと、「誰だ?うるせぇな」と、すこしキョロキョロして、すぐに走り去ってしまった。
「あの野郎逃げやがるぜ」
「べつに事故った訳じゃねぇんだから、普通あーだろ。」
「ところでキミ、いきなり車道を渡ったりしたら危ないじゃないか。ここらは交通量も少ないし、横断歩道も少ないからそうしたい気持ちはわかるけどさ。」
「ご、ごめんなさい。迷惑をかけました。」
少女は頭を下げた。
そこで、三人は改めて少女の姿を見た。
大きな麦わら帽子が特徴的だが、対照的に体はか細く、紙粘土で出来た胴体にストローの腕や脚を刺したような、色白で弱々しい体躯だった。
日本人形を思わせる髪は黒くて長く、さらさらとして繊細な美しいカーテンを作っている。
そして、起伏の少ない胸元を大胆に見せたワンピースは、透明な水に、無数で多彩な色をした水彩絵の具をランダムに優しく注ぎ込んだような、カラフルで鮮やかな景色だが、柔らかい色合いをしていて決して派手ではない。
底の高いサンダルは、まだまだ先の夏を思わせる爽やかさを醸し出している。
「心配してくださって、ありがとうございます。」
彼女自身の不注意とはいえ、こんなか弱い相手を責め立てることもできず、運転手含め全員が無事であることで納得することにした。
「…気ィつけろよ、別に死にたくて歩いてた訳じゃねーんだろ」
「は、はい。」
少女はもう一度頭を下げ、映画館へ入っていった。
「なんか、色白すぎて幽霊みてーだな…チコッと背筋が凍ったぜ。」
「もう、仗助くんったら失礼すぎるってば」
「…。」
億泰は黙って少女を目でおっていた。
「…億泰?」
「どうしたの? 億泰くん」
ボーッとしていた億泰は、ハッと我に帰って振り返った。
「すまねぇ、いや、なんでもねぇんだ。行こう」
「変な億泰くん」
わらわらと三人は映画館へと入ってゆく。
だが、この虹村億泰、あの少女に一目惚れしてしまっていたのだ。

「ほら、ここ。」
康一は錆びた券売機へと案内する。
券売機は多少錆び付いてはいるものの、造りがシンプルなために、余裕で現役だった。
「ふーん、自動なんだな。
まー、こんなところで働いてるやつもいねーだろうしよ。」
「ほへーっ、まだ動くことにビックリだぜ~」
「動かなきゃ営業できないでしょ。」
手順をちらちらと確認しながら、お金を入れてボタンを押してゆく。
「自動なせいで大人と子供の区分がねぇのか。こりゃ客に厳しいってもんだぜ。」

人数分のチケットを買って劇場に向かうと、入り口は改札のようになっていた。
店の外から見て、入り口は左、出口は右についていた。
「なるほど、抱えられる程度の子供ならタダに出来るって訳か。」
ガッシャン、ガッシャンと、静かであるべき映画館にあるまじき音をたてて改札は開閉する。
眼下に広がる劇場は、スクリーンに反射する光がほの暗く包んでいる。
生ぬるい空気にホコリが舞っていて、ふるいシートの匂いが、不思議な安心感を与えてくる。
あまり広くはない劇場だったが、観客は仗助、億泰、康一と、さっきの少女だけだったので、心なしか大きい劇場に思えた。
「あ、みなさん、通りがかりではなくて、観に来てくださっていたのですね。」
麦わら帽子を脱ぎながら、優しく病弱な声が三人を呼んだ。
「うん、そうなんだ。」
少女はどこか嬉しそうだった。
「よければ、みんなで並んで観ませんか?」
少女は、自らが座っているシート左どなりのシートをぽんぽんと叩く。
「そうだね、その方がきっと楽しいよ」
少女の隣に康一、仗助、億泰の順番で座った。
「これ、上映も自動なのか?」
仗助は康一の頭の横から身を乗り出した。
「ええ、そうです。上映時間になれば、対応したフィルムが再生されるようになっているんです。」
「え、じゃあ、それってさぁ、居座り続ければ閉店時間まで見放題ってこと?」
「そうですよ。好景気に乗じて急ごしらえで建てられたものだから、色々と雑なのよ。」
淡々と説明しつつも、どこかその表情は寂しそうだった。
「詳しいみたいだけどよ、ここ、よく来るのか?」
億泰は立ち上がって、背もたれに肘をおいて、顔が見えるようにした。
「ええ、まだ、この場所が活気に溢れていた頃から」
「再開発が始まった頃からってことか」
「はい。最初は母に抱えられてたまに来ていた程度でしたけど、券売機のボタンへ手が届くようになった頃からはずっと来ています。」
「思い出の場所なんだね。」
「はい。」
もうもうとふるホコリが、上映機の強い光に照されてちらちらと光っている。
ふと、その顔は、故郷を見るような目で、まだ上映が始まっていないスクリーンの方へ向く。
「昔は、この劇場に、いや、この娯楽街に、土木関係の人やその家族、そして、再開発に携わったお偉いさんがたが来ていたので、人も多く、よく可愛がってもらったものです。」
「だけど、仕事が終わりゃあ働く人は流れていっちまったッつーことか。」
少女は頷いた。
「でも、人がいなくなっても、私はこの映画館が好きなんです。だから、最後まで観ていたくて…。」
「大事なお別れに水を差しちまったか?」
億泰は気まずそうにするが、少女は首を横に降った。
「人が多い方が楽しいです。あの頃に戻ったみたいで。」
三人は和やかな顔になる。
「ところでよ、おめぇ、見ねぇ顔だけどよ~、どこ校だ? 俺たちは、ぶどうが丘…」
億泰が出身について話を始めると、大きなブザーの音が鳴り響いた。
「始まりますよ。」
「億泰くん、座って」
「おっ、おう」

上映されたフィルムはやはり古いものだった。
内容は、猫とネズミが仲良く喧嘩する、コミカルなアニメ映画だった。
彼らしかいないはずなのに、なぜか騒いではいけないような気がして、面白くて吹き出しそうになるのを、みんなそろって堪えていた。

「いやー、面白かったな」
「ああいうのって、時代を越えて面白いよね。」
「なんつーのかなー、声がなくてもよぉ、表情や体の動きが台詞なんだよなぁ~。何を考えてるとか、何がしてぇとか、そういった表現が、文字や声を使わずにきめ細やかに描写されててよ、素直にすげぇって思えるぜ。そして、BGMにもセンスがあふれているよな。単なるクラシックアレンジじゃあない。もとの曲へのリスペクトも感じさせつつも、世界観を損なわない。いや~~、映画館ってのは、ビデオテープで見るよりも作り込みが迫真に伝わってきていいぜ」
「億泰…相変わらず褒める時だけは饒舌だよな~」
「勉強でもそれくらい頭が回ればいいのにね」
「へいへい、馬鹿で悪かったよ」
その愉快なやりとりを、少女は微笑みながら眺めていた。
「ボクたちは帰るけど、キミはまだ観ているの?」
「はい。また来てくださいね。」
席をたつ三人に向かって小さく手をふる。
「潰れちまうまえに暇があったらなー」
仗助は軽く手を振り返す。
「…。」
そのあいだ億泰は、あまりにも無垢な少女の姿に見とれていた。

「億泰くん!!」
「ハッ!!?」
いつもの三人でコンビニ前にたむろしていたが、上の空だった億泰の肩を、康一は軽く叩いた。
「どうしちまったんだよ、ボーッとしてよー」
仗助は、コンビニの新発売のジュースを不味そうに飲みながら、億泰の顔をうかがった。
「いや、それがよ~、なんつ~かよぉ~」
億泰は、歩いている蟻を数えているような、虚ろな顔をしていた。
「なんだよハッキリしねぇなぁ」
「まさか、学校で気がかりなことが起きたの? 」
「新手のスタンド使いかッ!!? 」
「ダァ、ちげぇよダボが!! 」
勝手に盛り上がる二人を大声で制止する。
「じゃあどうしたんだよ…まっず。あげるぜ康一」
「いらないよ~、自分で飲みなよ」
「じゃあ、億泰、景気付けに」
「お?おう。」
相変わらず心ここにあらずな億泰は、なんのためらいもなくそれを受けとり、口をつける。
「ゲェー、マジで飲みやがったぜ」
「ッ!!? ブヘェー!!」
「こっち向いて吹き出すなよ、汚ねぇな~」
ボトルには、"なんでもかんでもフルーツミックス練乳納豆ソーダ水"と書かれていた。
「飲めるかこんなもん!!」
「お、目ェ覚めたか?」
「あ? おう。」
億泰は特にそれ以上は言わずに、まずこれが先、とボトルを突き返した。
仗助は渋々それを受けとる。
「本当にどうしたの億泰くん。様子が変だよ」
「あぁ、実は」
笑うなよ? と言わんばかりの目配せをして言った。
「俺、昨日の映画館にいた女の子のこと、ずっと頭から離れなくて…。」
「お? お? それで? 」
いたずら心で食いつく仗助。
少女、とはいいつつも、年はそれほど離れているわけではない。少なくとも、見た目では。
「たしかに美人だったし、仕方ないよね」
と、納得されるレベルであった。
「だからよ、俺、決めたぜ。あの映画館が潰れるまで、あそこに通うよ。」
「おお~ッ!! 頑張れよっ!!」
仗助は満面の笑みで億泰の肩をどつく。
勢いで、億泰は後ろに倒れそうになった。
「そんなお金あるの?」
「親父が不当に稼いだ金がある。いままで触るのもためらってたけどよ、いつまでも持っているのも気持ち悪ィからよ。この際に使いきっちまおうかと思って」
仗助と康一は複雑な面持ちで顔を見合わせる。
「さっさと使いきりたいからよ、お前らも来るか? 」
顔を見合わせていた二人はちょっと驚くと、いやいや、と苦笑いした。
「いやぁ、そいうのって、お金の話とは別に、一人でいくもんなんじゃないかなぁ」
「つーか、俺たちも暇じゃあねぇからよ。康一は特にな。」
「そ、そうか…。」
億泰は、うーんと唸りながら立ち上がる。
「あぁ、駄目だ。手をこまねいていたら不安に押し潰されちまう。今すぐいかなくちゃあな」
「そのいきだよ、億泰くん。頑張って!!」
「おう、おうともさ!!」
億泰は声援に背中を押され、せかせかとコンビニのまえから立ち去っていった。
「さて、ボクはこれから図書館だ。」
「おー、頑張れよ。俺は家の掃除をしねぇとなぁ。そろそろ怒こられちまう。」
残った二人も散り、本日のたむろは終了した。

「よく考えると、今日も来てくれるとは限らねぇな…そもそもいつ閉館なんだ?」
毎日行くと決めたものの、いろいろ大切なことを確認していなかった。
細かいことを考えると頭がいたくなってくるし、考えるよりも先に体が動くタイプなので、それが不安を煽る要因になってしまった。
しかも、映画館は外れにあるため、決して近いものではなかった。
今更ながら、バイクでも買えばよかったかと思ったが、やはり手元に残らない形で、あのお金を使いきりたいと思い、しがなく足を進めた。
「映画館に近づいてくりゃすぐにわかる。なんたってここあたりだけ風が冷てぇからなぁ」
億泰が映画館の看板が見えるほどに近づくと、昨日の少女が入っていくのが小さく見えた。
「お、おお、なんか、ドキドキしちまうぜ」
高鳴る心臓を右手でおさえ、深呼吸する。
「俺は映画を見に来ただけ…あとはぼちぼち」
自分でもおかしな誤魔化し方をしていることは解りつつ、なんとか胸の鼓動を落ち着かせた。
入り口はガラス扉なので、それを鏡がわりに髪型を整える。
「なんか仗助みてぇだな」
そうしているうちに、自然と心は穏やかになっていった。
「やっぱすげぇな仗助、いっつも髪いじってんのはこういうことなのかもなぁ」
昨日と同じようにチケットを買い、改札を抜ける。
すると、先に席についていた少女が、その改札の大きな音に気づいて立ち上がり、こちらを見た。
驚いた表情をしていたが、こちらの顔を見るなり、輝くような笑顔を向けてくれた。
「また来てくれたんですね。嬉しい…。」
「へっへへ、いや、どうも…」
照れ臭くなってぎこちない挨拶を返してしてしまう。
「さあさあ、こちらへ」
誘われるがまま、億泰は彼女の隣に座る。
どうやら少女は、昨日と同じ席に座っているようで、今はそこが彼女の永久指定席になっているようだ。
「この建物の最期を見届けてくれる人が増えるなんて…きっとこの映画館も、シャッターを下ろした他のお店さえも喜んでいますよ。」
「そ、そうか、そりゃよかったぜ」
親子ほどの体格差があるにも関わらず、億泰は萎縮しっぱなしだった。
「そんなに固くならなくていいですよ。お葬式って訳じゃあないんですから」
「へへ、すまねぇ」
そのあと、上映開始まで、互いに身の上話をした。

「私はヤエ、ウツミ ヤエって言うんです」

「なんだ、たったひとつ後輩なのかよ」

「家族を亡くされているなんて…お気の毒に」

「ほへーっ、おめー金持ちなんだなー」

「また今度、昨日一緒に来てくださったお友達とも会いたいわ」

………
あっという間に楽しい時間は過ぎ、ブザーが鳴った。
浮気な音楽と共に、映画が始まる。
その日の映画は、コメディアンコンビの友情活劇だった。
互いに意見が食い違ったり、思い違いで喧嘩をしたり、ぶつかり合って突き放してしまったり、それでも最後はお互いの大切さを知って、やはり二人だからコンビなんだね、というベタなものだった。
「うおー、どんどん泣けるぜー」
「虹村さん、しずかに」
「おぉ、わりぃ」
感受性豊かな億泰は、二流ともとれるこの映画にドバドバ涙を流した。
「ほら、ハンカチ、鼻水まで出ていますよ」
「グスッ、あ、ありがとう、助かるぜ」
黄色い文字でY.Uと刺繍の入った白いハンカチを渡してきた。
億泰はこの時やっと、彼女がバッグを持っていることに気づいた。
(あれ? 入るときバッグなんかもってたけっか? )
そう思いつつも、素直にハンカチで涙を拭き取る。
「こんど、洗濯して返すよ」
「いえ、差し上げますよ。出会えた記念です」
「も、申し訳ねぇよぉ~」
「好意というものは受け取っておくものですよ」
もはやたじたじになってしまい、億泰は言われるがままだった。
それに、こう言った小さなイベントも、デートらしくて悪くないと思って、嬉しくなってしまっていた。
「ほら、まだ映画は終わってませんから」
「おっ、そうだな」
結局億泰はラストシーンでも大泣きして、彼女に注意されてしまった。
だが、そんなヤエはどこか楽しげだった。

「じゃあな、ヤエ」
「さよなら、虹村さん。また会いましょう。」
昨日と同じように、ヤエは残り、先に出て行く億泰に向かって小さく手を振った。
(もっと会えば、もっともっと仲良くなれるかな)
億泰はびしょびしょのハンカチを握りしめ、ご機嫌で家に帰った。

「あら、明日はアラレがふるわ」
「んだよかあさん、人がちゃんとやるべきことをこなしてるってのによぉ~~」
「馬鹿ね、労ってんの」
仗助は一通り掃除を終えて、夕食を待っていた。
台所からは「ジュー」と、空腹を掻き立てる、よい音色が聞こえてくる。
「おお!!この匂いはハンバーグ!!ハンバーグじゃあねえか!!」
思わず席をたってフライパンを覗きこむ仗助。
「そうよ~。楽しみにしてなさ~い」
再び座ると、ふと億泰のことが頭をよぎった。
「そ~いや~よぉ」
「なーにー?」
ご機嫌にハンバーグ裏返す。
「町外れによ、映画館を見つけたんだけどよ、あれ、潰れちまうんだってな」
「そうね~取り壊されるらしいわね」
「寂しいよな、せっかく見つけたのに」
「ま、お客さんいなかったみたいだし、場所も悪いし、仕方ないでしょ」
会話する流れで、ハンバーグを皿に盛り付ける。
「添えた野菜、よけるんじゃないわよ」
「わかってるって」
「「いただきまーす」」
仗助とその母、朋子は手を合わせて、出来上がった夕食にありつく。
だが、ハンバーグを切った仗助は浮かない顔をした。
「おい、これ、あげるの早かったんじゃねえか? 」
「あら、ほんとだわ」
仗助のハンバーグのなかはうっすら赤く、半生だった。
朋子は盛り付けてある皿ごと取り上げ、キッチンに戻した。
「焼き足しておくから、もうちょっとまってて」
ガスコンロに再び火が点る。
「見てくれは普通なのに、中身は違う…か。」

次の日の放課後も、コンビニの前に三人は集まった。
億泰はご機嫌に、昨日の出来事を自慢げに語った。
「やったね億泰くん!! いいことしかなかったじゃあないか!!」
康一は嬉々としてその話を聞いていたが、仗助の表情は正反対のものだった。
「あれ、今日は仗助くんが浮かないかおだね」
「なんだよ嫉妬かよぉ~」
「…。」
仗助はいたって真面目な顔で、黙っていた。
「な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
仗助は已然として閉ざしていた口を開いた。
「億泰があんまりにも嬉しそうだったから、気の毒で言い出しにくくてよ」
「えっ」
億泰は虚ろを突かれた顔になる。
「あの映画館、営業はとっくのとおに終わってんだよ。あとは取り壊されるのを待ってるらしいぜ。俺たちも一昨日見に行ったから、にわかに信じがたいけどな」
「嘘だろ仗助…」
そうはいいつつも億泰は解っていた。
今の仗助は、決して冗談をいったり嘘をついたりしている顔ではないのだ。
「なにか悪いもんだったら困るからよ、今日は俺もついていくぜ。」
「わ、わかった」
「とにかく億泰、お前が無事で本当によかったぜ。
康一はどうする?」
いきなりふられて、康一は困惑する。
「ちょ、ちょっとまってね。由花子さんに連絡いれるから。」

話は昨日にさかのぼる。
ハンバーグ(と野菜)を美味しく平らげた仗助は、先ほどの会話が引っ掛かっていた。
(俺、取り壊されるなんて一言も言ってねぇのにな…。回覧板にでも載ってたのか?
いや、そのまえに、行った覚えもないのに、言葉が過去形だったな…。一人で行ってたのか?)
食器を下げるときに顔があったので、直接聞くことにした。
「なぁ、かあさん」
「ん?」
「さっきの映画館のことだけどよ、まだ営業はしてるよな」
昨日行ったんだからまだやってるだろ、アホらしい。
仗助はそう思っていたのだが、帰ってきた言葉は違うものだった。
「なにいってんの、3年も前に廃業してるわよ。
最近、取り壊しの日程が決まったみたいなのよね。
お金持ちの奥様がたの間でちょっとした話題みたいよ」
「本当か?」
「ええ」
「そう…か。」
仗助は嫌な予感がして落ち着かなくなったので、気持ちを整理するために、皿洗いを手伝った。
「あら、珍しい」
朋子は仗助が積極的なのが嬉しいのか、小気味良く鼻歌を歌い始める。
(康一は閉店日と解体日を間違って知ったのか。
まーそれはいいとして、問題は、億泰がひどい目にあってなきゃいいってことだな)
皿をきれいに乾拭きし、乾燥棚にならべた。

なんとか由花子を説得し、三人で映画館に訪れた。
映画館の前には丁度、ヤエが来ていたところだった。
「あ、みなさん」
「よぉ、ヤエ」
「こんにちは」
「おっす」
ヤエは、いつも通り、なんのためらいもなく映画館へ入って行く。
しかし、仗助だけは落ち着きなくキョロキョロと回りを見ている。
「ちゃんと営業してるじゃあねえかよ~」
「あぁ、今のところは、な」
三人も、続いて入る。
チケットを買い、改札を抜け、並んで座った。
「なぁ、ヤエ、ここっていつ閉館になんだ?」
仗助は藪から棒に聞き出す。
「さあ…その予定があると人づてに聞いただけですから。」
「じゃあ、まだ、売り上げに貢献すれば閉館が取り下げられる希望もあるかもしれないね」
あまりにも唐突な仗助の言及をフォローする康一。
「いえ、それはあり得ないでしょう。」
「だよなー。この建物が取り壊されんのが決まってんのによ。続くったら移転するしかねぇし、そんな映画館にできるような建物なんてこの辺に無いしな。」
「ちょっと仗助くん!!」
仗助はおもむろに"クレイジーダイヤモンド"の拳をヤエの目の前すれすれに突き出す。
康一は思わず両目を覆う。
だが、寸止めされたその拳は、ヤエには見えていないようだった。
「なっ、なにしてんだよ仗助、ビックリするじゃあねぇか」
ヒヤヒヤさせられて、億泰はいきりたつ。
「取り壊されるっ…て、何の話です?」
「いやぁ、多分仗助くんの勘違いだよ…ハハ」
あまりにも突拍子もないやり方だったので、必死で取り繕う。
(この少女はスタンド使いじゃあないのか…)
まいったな…と考えていると、康一は自身の持つスタンド、"エコーズ"を介して、
『ひどいじゃないか!! もっとやり方はあったでしょ!!』
と、声を荒げた。
億泰はそれに同調して大きく頷く。
仗助も、わりーわりー、とジェスチャーする。
「あ、そろそろ始まりますよ」
ブザーが鳴る。
なんだかんだ、ブザーの音を聴くと、場の空気に合わせて席についてしまう。
『とりあえず、何かしてくるわけでもないんだし、見ようよ』
仗助と億泰は小さく頷いた。

映画は今まで通り、普通に上映された。
内容は、大学を卒業して上京しようとする青年が、地元の人々の様々な感情に触れる人間ドラマだった。
最初は誰にも知らせずに行こうとしていたのだが、準備をしているうちに仲間にばれてしまう。
仲間たちは寂しいよなと言いながらも、背中を押してくれた。
だけど、親には言いにくかった。
親には地元を出ることを反対されていたからだ。
しかし、親は主人公の心が外の世界へ向いていることに、既に気づいていたのだ。
互いに素直に言い出すことができずに、春は訪れる。
上京する当日、彼は「いってきます」を言わなかった。
帰るつもりの無い家に、きますとは言わなかった。
親しくしてきた仲間たちに別れを告げ、空港へ向かう。
すると、驚くことに、両親は空港へ先回りしていたのだ。
父親はこう言った。
「帰らないことは別に構わない。一人立ちはいずれするものだからな。だが、"心に故郷を持て"。いつでも思い出して、安心できる思い出を持て。」
その言葉を受け、青年は両親にしっかり別れを告げ、
「いってきます」
と、言った。

億泰は相変わらず大粒の涙で頬を濡らしていた。
「ふふ、虹村さんったら」
「いいなぁ~、やっぱり映画っつー世界観はは素敵だぜ~」
「素直に感動してる場合かよ…」
「まって仗助くん」
「?」
康一は再び発声手段を"エコーズ"に切り替える。
『今の映画のなかに、何かヒントがあったんじゃないかな』
「…どーみたって普通の映画だったろーよ~」
『そっか…そうだよね』
康一の表情が落ち込むのに合わせて、"エコーズ"もしょぼんとうなだれる。
「真面目に映画見てたらいい時間になっちまったしよ、今日は一端引き上げるか。」
仗助は髪についたホコリを気にしながら立ち上がる。
「俺は明日もくるぜ、仗助たちはどうすんだよ」
続いて億泰と康一も立ち上がり、のびをする。
「ボクはちょっと無理かな」
三人は出口に向かってある気だす。
億泰はいつものように手を振り替えそうと後ろを振り返ると、今日はヤエも出口に向かってきていた。
「今日は帰るのか?」
「ええ、今日は帰らなくてはいけないので」
「まぁ、親が金持ちだと色々あるんだろーなー」
出口は、回転扉が半円だけ壁に埋まったようになっており、逆回転しないような仕組みになっている。
三人はあくびを噛み殺しながら、回転扉をぐるぐる回して映画館を出た。
外に出るなり、億泰は外の空気を胸一杯に吸い込んだ。
そのあと、ヤエに別れの挨拶をしようと後ろを振り返ったが、その姿は何処にも見当たらなかった。
「あれ?ヤエちゃんはどこにいったんだよぉ」
「そういえば入り口ロビー辺りから見てないね」
「やっぱ、怪しいな」
億泰はふとガラス扉に映る自分の姿を見た。
すると、ある変化に気付いた。
「あっ、ボタンがひとつ取れてらぁ」
「ほんとだぜ、そら、今直してやっからよ」
「いや、まてまて、ボタンは回転扉をくぐれねぇよ」
「おっと、そうだったな。」
「じゃあ、取りに戻らないとね」
康一は、ノブに手をかける。
「…あれ?」
しかし、開くことはなかった。
「おかしいな~」
ガチャガチャと引いたり押したりしてみるが、鍵がかかっているようで、開かなかった。
「なるほどな」
仗助は髪に櫛を通しながら頷く。
「な、なにがだよ」
「つまるところ、今の状態が、本来あるべきこの映画館の姿っつーことだよ」
今日は髪型がうまく整ったようで、ふっと笑いをこぼした。
「"クレイジーダイヤモンド"!!」
バリーン!! と激しい音をたてて、ガラス扉は木っ端微塵になる。
「ちょっくら確かめてみようぜ。億泰の制服のボタンついでによ~」

再び中に入ると、さっきまでの清潔感が嘘のようにホコリが積もっており、券売機もうんともすんとも言わなくなっていた。
『ドラァッ!!』
改札も開かないので(あとで直せばいいので)壊してしまった。
「よく考えたら、改札がわから誘導すりゃあボタン回収できたな」
そんな事を言いながら劇場に入ると、そこにはさっきまでの落ち着く空気など存在せず、湿ったカビと、枯れた植物の臭いが立ち込めていた。
億泰と康一は思わず咳き込んでしまった。
何故、植物の臭いなんかと思ったが、その正体を発見して納得した。
座席ひとつひとつに、枯れた花束がおかれていたのだ。
「常連さんに惜しまれつつ閉館したんだね…」
「あー、そうだな…って億泰?」
億泰はたまらずヤエの座っていた席に向かっていた。
その手前に落ちていたボタンを拾い上げ、目的の席においてあった花束を見た。
花束には、メッセージカードが添えられていた。
『もっと多くの人が素敵な映画に出会えますように 社王劇場よ永遠に 映身 矢画』
そのカードに、滴がこぼれてゆく。
「出会えたさ、おめぇのおかげでよ~~」

"クレイジーダイヤモンド"の拳がガラス片にチョンと触れると、複雑怪奇なガラスのパズルはあっという間に出来上がり、最初からなにも起こらなかった風になった。
「今日の映画はきっと、ボクたちへの別れのメッセージだったんだね」
夕日が沈んでしまって、凍えるようなひどく冷たい風に身を震わせながら呟いた。
「ってことは、壊されるのは明日からってことなんだろうな。」
仗助は歩き出す。
「俺たちのなかで守ってやろうぜ、"心の故郷"ってのをよ」
「うん、忘れないでいてあげよう。」
仗助の後をおって、二人も歩き出す。
「別れを言わなくてもいいの?億泰くん」
だまって直ったボタンをいじっている億泰が気にかかり、声をかけてみた。
「別れは明日だぜ。あいつはまだここにいる」

翌日、放課後に、億泰はたむろもせずに映画館を訪れた。
映画館の回りには、骨組みを積んだトラックや、作業着の男性が点々としていた。
「今日でお別れだな、矢画」
取り壊しの業者が準備を進めているのを、遠巻きに見守っていた。
すると、場違いなハイヒールの音が近づいてきた。
「あら、キミもここに思い入れがあるの?」
黒いポニーテールが美しい、スーツの女性だった。
「おう」
億泰は無愛想にそう返した。
「私もね、学生時代にずっと通ってたんだけど、高校一年の時につぶれちゃって…。
ばあちゃんの死に目には会えなかったのに、思い出の場所の命日には間に合うなんて、親不孝な話よね。」
「家族が死ぬとこを見んのも、なかなかに辛ぇけどな」
兄が殺されたときの事がまぶたの裏によぎった。
思い出の場所を失うときも、きっとこれくらい悲しいのだろうか。
少ない頭で考えていると、女性は突然慌て始めた。
「いけない!!仕事で来てるんだったわ。思い出にひたってる場合じゃあないわね。それじゃあね、少年」
女性は去り際に小さく手を振った。
その仕草が、億泰の記憶を刺激した。
「まってくれ…まってください!!」
「?」
「こ、これ」
億泰はハンカチを取り出した。
「あ、これ…無くしたと思ってたのに…どこで見つけたの?」
「い、いや、えと、映画館前に落ちてた…落ちてました」
「ありがとう、優しいのね」
女性はそれだけ言うと、そそくさとその場を去っていった
億泰は、ただそれを見送っていた。

「そうか、残念だったな…そういう日もあるさ」
日を改めて、放課後、いつものたむろに戻っていた。
「落ち込んじゃいねぇよ」
と、強がってはいるが、内心ショックは大きいだろう。
去り際に振った彼女の左手薬指には、キラリと光る幸福の先客が居たのだ。
「またイチからやりなおすよ」
「そうだ、それでこそ、漢、虹村億泰だぜ」
仗助は億泰の肩をぽんぽんと叩く。
「ところでよぉ、康一はなんで俺より落ち込んでんだよ~~」
ずっとうつむいていた康一が、恐る恐る頭を上げる。
「だって…抜き打ちテストのヤマをはずしちゃって、また由花子さんのご機嫌を損ねちゃったんだよ~ッ!!」
「なんだ、いつものかよ」
「いつものって言わないでよぉ~ッ!!助けて仗助くん!!」
「やれやれ」

これは、億泰にとって、いくつになっても忘れられない、甘酸っぱい春の思い出…。